著者紹介
2022年12月19日初版のかんき出版から発刊された本で、著者は川本晃司氏です。川本氏は1967年生まれで、28歳のときに山口大学医学部に入学され、眼科医となり44歳で開業されています。2021年にMBAを取得され医療と認知心理学を掛け合わせた学際的な研究をされています。
行動経済学×近視対策についても実践的なことをわかりやすく書かれていましたが、ここでは割愛しました。
スマホ失明
内容
眼科医の中にも近視は病気ではないという方もいますが、近視は失明につながる病気だという認識を持ってほしいです。2020年には世界人口の三分の一にあたる25億人が近視になることが予測されていましたが、実際は26億4千万人がなり、予測よりもハイペースで近視患者は増えています。禁止の有病率は日本も属する東アジアで非常に高かったため、以前は近視の発症・進行には遺伝的要因が大きいとされていましたが、21世紀に入ってから欧米や南アメリカやアフリカの国々でも近視やより近視が進んだ強度近視の患者が増加するようになり、環境要因も大きく関わっているとされています。
近視の進行・予防には身の回りの明るさ重要であることがわかってきて、1000ルクス以上の光を週に11時間以上浴びる必要があります。ちなみに日中の屋外の照度は、日なたは数万ルクス、木陰でも数千ルクスあります。屋内の照度は一般的な屋内では300ルクス程度、窓際でも800ルクス程度しかなく、一日中家にいると近視を発症・進行しやすい環境にいるといえます。禁止が増えているのは、人々が屋外で過ごす時間が年々減少していることが大きな原因の一つで、もう一つが近業時間の増加です。近業とは目と対象物の距離が30cm以内で行う作業のことで、近業を続けると眼球そのものが伸びてしまい、遠くを見ようとしてもピントが合わなくなり近視が進行します。これにはスマホが大きく関係しているというのが眼科医の共通認識です。目との距離はパソコンなら40cm、本なら30cm、スマホなら20cmが一般的です。未就学児童の調査では毎日1時間以上小さなデジタルデバイスを使用すると近視が進行することがわかり、中国の研究では時間が長くなればなるほど近視の進行も深刻になるのがわかりました。日本の近視学会からの報告では2007年から2008年以降の年代で近視が顕著に増加していることも明らかになりました。2016年ではデジタルデバイスをする時間が、小学生93.4分、中学生138.3分、高校生207.3分で、2021年には小学生207.0分、中学生259.4分、高校生330.7分と5年間で2時間程度増えています。最近は初めて眼科に来る子供でも、初期を過ぎて中程度の近視となっていることもまれではなくなり、これは今までなかったことです。
強度近視は失明原因の5位ですが、1位の緑内障や4位の黄斑変性症も禁止の影響があるといわれ、子供のころに発症した近視が進行して失明につながるともいえます。
私たちの目はレンズの役割をする角膜や水晶体で光を屈曲させて網膜(黄斑部)に焦点のあった像を投影します。水晶体は近くを見るときは膨らんで分厚くなり、遠くを見るときは細く薄くなります。水晶体の厚みを変えることで近くにも遠くにもピントが合わせられる仕組みです。この水晶体の厚さを変えてくれるのが毛様体筋という筋肉です。近業をすると毛様体筋が緊張して水晶体を分厚くしますが、続けると毛様体筋が凝り固まり一時的に水晶体が膨らんだままになり、遠くにピントが合わなくなります。一時的なものであれば仮性近視で適切な投薬や長時間近くを見る生活習慣を改善すれば視力の回復は可能ですが、さらに長時間近業を続けると角膜から網膜までの眼軸長がどんどん伸びていきます。眼軸長が伸びた近視を軸性近視といい現在の医療では二度と元に戻せません。軸性近視の原因は諸説ありますがはっきりとは分かっておらず、とにかく近業を続けていると眼球が伸びて、強度近視になる頃にはラグビーボールのような形になります。こうなると様々な眼疾患になり、黄斑部や視神経がダメージを受け障害を受けると失明に至ります。成長期に眼軸長も成長期にあたるので、その時期に近業を長時間すると必要以上に眼軸長も伸びてしまうのです。
以前は成長期が終わる20代前半くらいで近視の進行は止まるというのが常識でしたが、近年では成長期が終わって大人になってからも眼軸長の伸びが止まらず軸性近視が悪化する例が見られるようになってきました。近視には屈折度数といい視力を矯正するときに必要なレンズの強制強度(屈折力)を数値化したもので、単位はジオプターでDと表記されます。コンタクトレンズのパッケージに-3.25Dなどと書かれているのを見たこともあるかと思います。数字が高いほど度合いが高くなり、-3Dまでが軽度、-6Dまでが中等度、それ以上は強度近視となります。最近の欧米や中国では視力検査と屈折度に加えて眼軸長検査も導入されています。日本では白内障手術前に1回測定できるだけで、自費でするとなると1回1万円くらいかかります。
近視抑制のために方法とは、近業時間を減らすことです。アメリカでは20-20-20ルールという、20分継続して近くを見た後は20フィート(およそ6m)以上離れたものを20秒間見つめるというルールを推奨しています。
戸外活動の時間を増やすこともあり、1日2時間以上の戸外活動をすることです。太陽光に含まれて蛍光灯やLEDなどの人口の光にはほとんど含まれない波長360-400nmのバイオレットライトと照度がポイントです。日本の窓の多くはバイオレットライトも遮断してしまうので屋外の必要があります。大人でもバイオレットライトで眼軸長の伸びを抑制する効果があると報告されましたが、子供よりも通過率が下がるため1日2時間以上よりも多く戸外で過ごさないといけません。
低濃度アトロピン点眼薬も効果があるとされ、アトロピンには毛様体筋の機能をマヒさせる効果があり、0.01%の低濃度であればまぶしさやぼやけ等の副作用を感じることなく近視を抑制できることがわかりました。しかし日本では保険承認はされてなく、最近は濃度0.05%の方が効果が高く、若い患者さんほど濃度を高くしないと効果が出ないこともわかってきて、一般的には使用されていません。
子供の近視進行抑制法としてオルソケラトロジーという特殊な形をしたハードタイプのコンタクトレンズを用いた治療で、オルソやオルソKという名称で呼ばれることもあります。装着するとピントが後方にずれて焦点が合うようになり、外しても一定時間は裸眼で過ごせるようになります。この治療は開始年齢が速いほど効果的とされ、8-11歳が最適です。効果があるは軽度近視の人のみで、残念ながら健康保険の適応外で自費となります。1枚のコンタクトレンズは10万円程度で、両眼で20万近くかかります。2年ごとに交換も必要です。多焦点ソフトコンタクトレンズもあり、子供の近視抑制には30-40%程度の抑制効果があり、30-60%のオルソケラトロジーよりやや劣ります。レンズの値段は安く、使い捨てタイプで年間両眼で2万5000円前後です。こちらも早く開始したほうが効果は高いです。
現在の近視予防法は、エビデンスに裏付けはされたものの80年前とほとんど変わりがありません。このことから、知識は持っているだけではどんなに効果的でも実践も継続もできないということが言えます。こうした視点から考えていくのが行動経済学です。行動経済学の中心命題プロスペクト理論では、ヒトは得したい気持ちよりも損したくないと強く考える生き物なのです。この行動経済学と眼科診療を掛け合わせて研究を始めました。
目とデジタルデバイスに関するこれからの付き合い方ですが、ウィンドウズ生みの親のビルゲイツ氏は自分の近視をハンディキャップと考え、子供には14歳までスマホを持たせませんでした。アップル創始者のスティーブジョブス氏はiPADを子供のそばには置くことすらしないと答えていて、中毒性に気が付いていたと思われます。シリコンバレーの重役たちは子供をシュタイナー教育の学校に入学させたがり、この学校では12歳以下の児童にはデジタルデバイスを厳しく制限します。使用を制限するアプリもあり、それを使うことも考えられ、見る距離を少しでも伸ばすために文字を大きくすることも有効かもしれません。
私が提唱したいのはリメンバー12、フロム18で、12歳前後の眼軸長を測定しスマホの利用は18歳からという言う意味です。
行動非行動の法則があり、人間は行動した後悔よりも行動しなかった後悔のほうが深く残ります。急激な円安は安いニッポンを象徴しているといえ、近視対策にコストをかけたくない日本の姿勢が見られますがそれでいいのでしょうか。目を守るための行動を始めてください。後悔しない人生を歩むためぜひとも必要なことです。
感想
視力への影響が恐ろしいスマホを子供に使わせたくないですが、18歳までスマホを持たせないのは現実的に難しいかと思います。近視予防に限らず、患者さんに対する禁煙などの生活指導にも行動経済学の考えは有用と思われ、日常的な診療にも取り入れていければと思いました。