日本呼吸器学会編集で2018年以来の改訂となります。
喘息とCOPDのオーバーラップ診断と治療の手引き 第2版 2023
喘息とCOPDのオーバーラップをACOといいますが、ACOの定義は、慢性の気流閉塞を示し喘息と COPDのそれぞれの特徴を併せもつ病態です。
本邦の40歳以上の COPD患者を対象とした前向きコホートの結果では,ACOの有病率は 25.5%と報告されています。過去に喘息と診断された患者を対象にした研究でACOの有病率は27.1%と報告されました。ACOは高齢になるにつれて有病率が増加するとの報告もあり、COPDと同様の傾向を有します。
気管支喘息とCOPDが合併している患者は、それぞれ単独疾患に比して増悪が頻回で、健康関連QOLがより障害されて呼吸機能低下が急速で予後が不良であることなどが指摘されています。
喘息患者に合併するCOPDを診断するためには、タバコ煙を主とする有害物質の長期吸入曝露歴の聴取、末梢気道病変や気腫性病変によって生じる気流閉塞を証明することが重要です。
ACOにおける管理目標は具体的①症状および QOLの改善②呼吸機能障害の改善および気道炎症の制御③運動耐容能・身体活動性の向上および維持④呼吸機能の経年低下および疾患進行の抑制⑤増悪の予防⑥合併症・併存症の予防と治療⑦生命予後の改善と健康寿命の延長⑧治療薬による副作用の回避です。
本邦では増悪頻度を検討した報告は少ないですが、横断研究・コホート研究ともにCOPDと比較してACOの増悪頻度は差がないとされています。ACOが予後不良であったとする報告と、差がないとする報告および予後良好との報告もあり、一定の見解が得られていません。
ACOの症状は主に咳、痰、喘鳴、息切れ、呼吸困難で、いずれも慢性気道疾患に共通していて特徴的なものはありません。ただしACOではCOPD・喘息単独患者に比べてこれらの症状がより強く、頻度も高いことが知られています。
末梢血好酸球については 5 %または 300/μLがカットオフ値となります。この基準はCOPDにおけるICS反応性を有する患者の同定に意義があると考えられます。COPDにおける喀痰好酸球比率3%もステロイド反応性と関連する閾値で、これに対応する末梢血好酸球は160~300/μLあるいは2~2.6%で、実際ICSによる増悪抑制効果は末梢血好酸球150 ~280/μL あるいは2%を閾値とする報告もありますが、本手引きにおける基準値はこれらの閾値より高めに設定されていて特異度は高いことが想定されます。
IL- 4/IL-13シグナルのサロゲートマーカーのFeNOは気道の好酸球性炎症の評価に用いられ、ICSの使用の有無にかかわらず35ppb以上がカットオフ値となります。FeNO値は COPD患者におけるICSの有効性予測因子にもなると報告されています。
血液中のIgEレベルは喘息の有病率や気道過敏性と関連し、高い血清総IgE値はCOPDにおけるアトピー型喘息の合併も示唆しています。カットオフ値として158 IU/mLが提案されています。
喘息では好酸球主体の気道炎症がみられるのに対し、COPDでは好中球主体の気道炎症がみられ、また病変がみられる部位も解剖学的に異なっています。さらには病態生理学的に喘息ではTh2細胞やTh2サイトカインの働きが主体であるのに対し、COPDでは1型ヘルパーT細胞(Th1細胞)や Th1サイトカインが主体であるとされています。
COPDへの非アレルギー性喘息の合併がアレルギー性喘息の合併に比べ,症状が強く増悪頻度も多いことが報告されています。
喘息がある場合、ない場合と比較して慢性気管支炎・肺気腫・COPDをそれぞれ10 倍・17 倍・12.5 倍発症しやすくなることが報告されています。特に重症喘息であった場合は、軽症例と比較して,成人における COPDの発症リスクが著明に増大することが示唆されています。
late-onset(10歳以降発症)の喘息と比べ、early-onset(10歳未満発症)の喘息が気流閉塞を来すリスクが高く、early-onsetの喘息では喘息のない場合と比べて約20倍、late-onsetの喘息では約10倍気流閉塞を来しやすくなることが報告されています。
GERDは消化器系の問題に加えさまざまな呼吸器系疾患の直接的な原因、あるいは疾患のコントロール不良や増悪の危険因子となっていて喘息とCOPDのいずれにも高頻度に認められます。GERDに伴う呼吸器疾患は,下部食道括約筋の神経反射の結果、あるいは胃内容物吸引による直接的影響により肺疾患を引き起こします。
喫煙と喘息はいずれも1秒量の経年低下は非喫煙健常者よりも大きいことが知られていますが、喘息患者が喫煙すると相乗的に1秒量の経年低下が大きくなることが知られています。特に10 pack-year以上の喫煙歴がある喘息患者では、それ未満の喫煙歴の患者に比べて有意に大きな1秒量の経年低下を認めます。
40歳以上で気管支拡張薬吸入後1秒率が70%未満で他疾患の除外が基本事項となり、COPDの特徴の1項目+喘息の特徴の1,2,3の2項目あるいは1,2,3のいずれか1項目と4の2項目以上で診断となります。
COPDの特徴3項目
・喫煙歴(10 pack-years以上)あるいは同等の大気汚染暴露
・胸部 CTにおける気腫性変化を示す低吸収領域の存在
・肺拡散能障害(%DLCO<80%あるいは%DLCO/VA<80%)
喘息の特徴4項目
- 変動性(日内・日々・季節)あるいは発作性の呼吸器症状(呼吸困難・喘鳴・胸苦しさ・咳)
- 40 歳以前の喘息の既往
- 呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)>35ppb
4-1) 通年性アレルギー性鼻炎の合併
-2)気道可逆性(FEV1≧12%かつ≧200mLの変化)
-3)末梢血好酸球 >5%あるいは>300/μL
-4)IgE高値(総 IgE あるいは通年性吸入抗原に対する特異的IgE)
通年性吸入抗原はハウスダスト、ダニ、カビ、動物の鱗屑、羽毛など、季節性吸入抗原は樹木花粉、植物花粉、雑草花粉などです。
臨床上重要なこととして、中高年者では咳・痰・息切れといった症状を加齢のためと過小評価する傾向にあるため、喫煙歴のある対象者は極力画像検査や呼吸機能検査を行うこと、正確な診断のために CT、DLCO、FeNO測定といった検査を、それぞれの医療圏で積極的に行うことと考えます。
発作性の呼吸困難、喘鳴、胸苦しさ、夜間・早朝に出現しやすい咳の反復が症状での診断の目安となっています。喘息の症状は発作性で時間とともに変化するのが典型的で、ホルモンの日内変動により夜間や早朝に悪化することが多いです。またトリガーとしてダニや花粉への曝露などがあるため、日内だけでなく週・月あるいは季節性の変動が生じやすくなっています。また大笑いや悲しみなどの感情・月経・過労などによっても症状が生じるのも特徴の1つです。自然にあるいは治療により改善するのも喘息症状の特徴で、短時間作用性β2刺激薬吸入で即座に、ICSでは週単位で症状が改善することが多いです。COPDのように年単位で症状が進行・悪化することは少ないですが,コントロール不良の場合はCOPDと同程度に進行することが知られています。特に高齢者では罹病期間が長期となりリモデリングが進行した結果、可逆性および変動性が乏しく非典型的症状となりやすいです。また喫煙者では喫煙によるCOPDの合併はもちろん、ステロイドの感受性が低下してリモデリングの進行例が多くなります。
喘息と診断されている患者で十分な喫煙歴があればACOの可能性はあります。非発作時の咳・痰症状の慢性的な存在があったり、年単位で呼吸困難症状が進行・悪化している場合は ACOの可能性は高くなります。逆にCOPDらしい慢性的な労作時呼吸困難があり、症状に大きな変動や治療により顕著に軽減される場合はACOを疑います。
喘息患者においては多くの場合DLCOは維持され、正常か若干上昇する場合があることが報告されています。喘息患者における%DLCOまたは%DLCO/VAの低下はCOPDの存在を示唆します。COPD以外にもDLCOの低下する肺疾患はあります。
COPD患者において40歳以前の喘息の既往がある群では、喘鳴・現在の喘息・アトピーが高率に合併することが示されています。
うっ血性心不全との鑑別は重要で、胸部 X 線、心エコー、BNPなどを用いて鑑別します。
1秒率の改善が15%あるいは400mLを超えるような非常に大きな気道可逆性は、喘息の存在を強く疑う所見と考えられ,提唱されている複数のACO診断基準の1つに採用されています。
気道過敏性は喘息・COPD・ACOの病態に深く関与する一方、気道過敏性検査は専門施設でしか施行できない実状も鑑みられ、ACOの診断における位置づけは定まっていません。
ACO患者のオシロメトリーは,喘息患者よりもX5がより陰性の値をとり、R5−R20・Δ X5・Fres・ALX が高値で、ACOに典型的なカラー 3D 画像は喘息とCOPDの中間のパターンでした。
呼気CTでair trappingを評価した報告では、COPDに比べACOで有意にair trappingが多いことが示唆されました。気道指標については壁の厚さの報告が多く,ACOのCTでの気管支壁は健常者よりは厚いとする報告が多いですが、喘息・COPDとの比較では一定した傾向を得ることが難しいです。
COPDの生命予後を規定する因子として知られるBMI、1秒量、mMRC、6分間歩行距離をスコア化して予後を予測するものに BODE 指数があります。総合点が高いほど生命予後が悪いことが明らかとなりましたが、同じCOPDでも欧米人と日本人のBMI分布は明らかな違いがあり、日本人に適用する場合には注意を要します。同様の多因子予後関連スコアにADO indexがあります。
COPD・喘息・ACOと診断された患者のなかで1つ以上の併存症をもつ割合はCOPDは84%、喘息は71%、ACOは90%でACO群で高いことがわかりました。さらにACO群では心血管疾患、脳血管疾患、関節炎、糖尿病、肥満、病的肥満および救急外来受診と入院の発生率が高いことが示されています。
医師がACOと診断した症例を後方視的に解析した研究で、ACOはアレルギー性鼻炎、GERD、不安、骨粗鬆症を高率に併存しているという報告や、台湾のコホート研究においてGERD、高血圧、不安、糖尿病、認知症、うっ血性心不全、脳血管疾患は喘息やCOPD単独の症例よりもACOでより頻度が高いということが示されました。この背景にあるメカニズムは明らかありませんが、喘息と COPDはともに全身性の炎症に関与し、喘息とCOPDの両方が存在する場合相乗的な効果となって病態に寄与していることが可能性として考えられます。
ACOでの骨密度低下は年齢の上昇と低BMIが骨粗鬆症の交絡因子として明らかになりましたが、ICSの使用状況による影響はみられませんでした。
ACO患者は多様で国際的にコンセンサスが得られた診断基準・重症度分類が確立していないため、ACOの治療指針は喘息やCOPDの治療指針を参考に妥当と考えられる治療が推奨されます。
ACOと判断されれば直ちに初期治療を開始しますが、診断の時点で ICSが未投与であれば ICSを導入し、気管支拡張薬として 長時間作用性β刺激薬(LABA)や長時間作用性抗コリン薬(LAMA)を導入します。ACOにおいてLABAとLAMAのいずれが有用かは示されていません。ACOに対するICS単独療法の効果は明確になってなく、ICSと気管支拡張薬の併用療法が基本となります。アトピー素因がある場合はロイコトリエン受容体拮抗薬の追加します。状況に応じてテオフィリン製剤、生物学的製剤、マクロライド、アレルゲン免疫療法を適宜組み合わせます。
喀痰症状が残存する場合に対して喀痰調整薬の投与が考慮されます。
軽症増悪ないしは COPD要素に起因する労作時呼吸困難には、頓用の短時間作用性気管支拡張薬吸入が有効です。ただしいたずらに追加で対処しないように十分な注意が必要となります。
患者報告型アウトカム、臨床症状、検査所見を総合的に判断して治療効果判定をします。治療前後の重症度/タイプ分類の改善を確認することも推奨されます。患者報告型アウトカムとしてはACT、ACQ、CAT、mMRC、修正 Borgスケール、VAなどを参考に治療効果を判定します。検査指標としてFeNO や喀痰好酸球比率、末梢血好酸球数・末梢血好酸球比率などタイプ 2 炎症を含めた炎症プロファイルの評価や、呼吸機能、ピークフローが治療効果判定によく用いられます。スパイロメトリーは初診時と治療開始後1〜3ヵ月以内に、その後は年に1回以上の測定が望まれます。努力呼吸を要さないオシロメトリーも有用です。動脈血ガス分析、SpO2の測定,6分間歩行試験なども必要に応じて実施します。
オマリズマブは、ACO患者でCOPD合併のない喘息患者と同様に喘息コントロールおよび生活関連のQOLを有意に改善しましたが、ACO患者でCOPD合併のない喘息患者と異なり呼吸機能を改善しませんでした。
IL-5をターゲットとした生物学的製剤の臨床試験において、喀痰好酸球数や末梢血好酸球数増多を伴うCOPD患者を対象としたメタ解析の結果、承認用量ではベンラリズマブは中等度から重度の増悪を抑制せず、メポリズマブは19%増悪を抑制し、両薬剤のメタ解析では増悪を9%抑制する傾向が認められた一方で、症状や 生活関連のQOL改善には至りませんでした。好酸球増多を伴う増悪頻回 COPD患者において、IL-5をターゲットとした生物学的製剤の効果が限定的であることが示唆されました。