著者紹介・はじめに
2022年3月20日に講談社ブルーバックスから発刊された本で著者は奥田昌子氏です。奥田氏は京都大学大学院医学研究科修了された内科医です。
遺伝子に食事を中心とした生活習慣が影響することが主旨と思いましたので、栄養・食事のカテゴリーにしました
日本人の遺伝子からみた病気になりにくい体質のつくり方
内容
160-180万年前の人の骨から骨肉腫が発見され、がんははるか大昔から存在していたことがわかりました。近年がんで亡くなる人が増えていますが、がん以外の病気で亡くなる人が下がり、平均寿命が伸びていることも日本ががん王国になった理由です。
2003年に人のゲノムが解析され、現在では人とチンパンジーのゲノムは5%以上異なることが示されましたが、ゲノムは似ていても遺伝子の司令によってできる蛋白質がかなり違います。
ゲノム全体の98.5%を占める蛋白質を作る司令を出していない領域をゴミDNAと呼んでいましたが、かなりの部分が遺伝子に働きかけて司令の内容を調整して遺伝子の活動をコントロールし、ゲノム全体の約80% は何らかの機能を果たしていることが示されています。
人のゲノム約1000万か所に、個々に細かな違いがあることが明らかになりました。100人に1人以上の割合で現れた遺伝子変異のことを遺伝子多型とよんでいます。お酒の強さを決める遺伝子は1個の塩基の違いによるものでSNPと呼ばれ、東アジアの人ではお酒に弱い人が多く、欧州・アフリカには弱い人はいません。
蝶と青虫は同じ遺伝子でも形が異なっているのは、遺伝子にスイッチが入るかどうかであり、人でも遺伝子にスイッチがあります。遺伝子が変異するともとに戻りませんが、スイッチは生活習慣を通じてリセットできることがあります。
COVID-19の死亡率に地域差がみられ、BCGワクチンで免疫にかかわる遺伝子のスイッチがオンになっていたことも考えられています。
がんにも地域差があり、皮膚がんは欧州系やオーストラリアに多く、前立腺がんはアフリカに多いです。
SNPがとのくらいあるのかを調べる計画が始まり、日本人で約3710万か所みつかり、そのうち約2690万か所は欧州系のゲノムには見当たりませんでした。
気管支喘息は遺伝の影響が48.6%、2型糖尿病は32%台で片頭痛は約27%でした。一卵性双生児の一人ががんになったとき、もう一人が同じがんになる確率は10%前後で、最も多い前立腺がんでも20%以下で肺癌は9.9%でした。ハワイの日系人のがんはハワイの人の発生率に近づき、遺伝子よりも生活環境が重要と考えられました。日本人同士で、喫煙せず、飲み過ぎず、塩分控え、しっかり運動し、肥満指数を適正に保つと、がんになる危険は男で43%、女で37%低くなります。
日常よく耳にする一般的な病気のなりやすさは、数十〜数千のSNPが関係し、高血圧は234か所関与し、今後増えるかもしれません。
日本を含めた12か国で腸内細菌を比較した研究では、腸内細菌の遺伝子全体の約半分が日本人に特有であることがわかりました。ビフィズス菌をはじめとする善玉菌が多く、炭水化物やアミノ酸を無駄なく利用するのに役立つ細菌も多数認めました。日本人の胃は鉤状胃という縦に長い曲がった形をしていますが、これは穀物は食物繊維が多いため胃の蠕動によってどろどろになるまで砕き十分に処理してから腸に送る必要があったためです。それに対して欧州系は主に小腸で消化される脂肪と蛋白質を多く摂取するため、すぐに腸に送れるように牛角胃というすっきりした形になっています。最近日本では逆流性食道炎が増えていますが、脂肪の摂取が増え、ピロリ菌が除菌されて胃酸の分泌が増えたからとの指摘があります。
約90%の日本人が特殊な腸内細菌を持っていて、海苔、わかめなどの海藻に含まれる食物繊維を分解できる細菌で、他の11か国では最大でも15%の人しか持っていませんでした。
日本人は特に飲酒と脂肪の摂りすぎが鬼門で、食物繊維は粒のままの穀物からと海藻から摂取したいですし、脂肪比率は25%までにして、EPAとDHAが豊富なサバ、サンマ、イワシ、ブリなどを食べましょう。
日本人のLDLコレステロールにはEPAとDHAが多く含まれ、DHAは日本人の母乳に米国の7倍含まれています。DHAとアラキドン酸は脳が発達するのに欠かせない成分ですが、植物性油に含まれるαリノレン酸とリノール酸からも合成され、インドを含む南アジアや日本で合成力の高い遺伝子を持つ割合が高い結果が出ました。日本人の魚の消費は現代よりも少なく肉の摂取量がわずかだったことが影響していると考えられますが、合成力の高い人がリノール酸を多く含むコーン油などの油類やアラキドン酸を多く含む卵や豚肉を摂りすぎると、炎症やアレルギーを悪化させる可能性があります。
日本人は内臓脂肪がつきやすいことがわかっていて、内臓脂肪が作る物質の中に高血圧、糖尿病、脂質異常症、乳がん、大腸がんなどの発生を促すものがあります。日本人男性の腹囲85cmと米国人男性約102cmで内臓脂肪量が同じといわれています。日本人は筋力が弱く内臓脂肪がある程度ついていた方がよかったからと思いますが、日本人は一見痩せていても生活習慣病に注意が必要となります。
アフリカ系米国人の祖先はナイジェリア周辺の出身者が多いですが、現在のナイジェリア人の大腸がん発症率は10万人当たり3.4人に対して、アフリカ系米国人の発症率は40.4人と10倍以上異なります。南アフリカ人に米国式の食事を2週間摂ってもらったところ、腸内環境が変わり、大腸がんの発生と関連する変化が認められ遺伝子スイッチの変化なども考えられました。
1960年の日本人の栄養摂取バランスは蛋白質13.3%、脂肪10.6%、炭水化物76.1%でしたが、2019年には蛋白質15.1%、脂肪28.6%、炭水化物56.3%になっていて、大腸がんが増えています。食物繊維の摂取が80%程度に減っていますが、食物繊維は善玉菌のえさになり、肥満と生活習慣病を予防・改善するのに役立つ様々な物質が生まれると考えられます。
胃がんの原因となるピロリ菌に感染していると胃がんの危険が約10倍高く、除菌すると三分の一まで減りますがそれでも感染しなかった人より3倍高いです。P53というがん抑制遺伝子がありますが、がんに血管が引き寄せられるのを防いでいて、P53に変異が起こるとそれが出来なくなってがん化しやすくなり、実際がんになった人の約半数でP53の変異が起きているといわれています。象は大きいですが、P53を20個持っているためかがんが発生しにくいです。がん遺伝子が1か所変化してもがん化することはなく、2-6個変化が起きるとがんが発生すると考えられています。一見健康そうな食道から細胞を取ってくる研究が行われ、70歳を超えた人では40-80%に遺伝子異常が認められ、飲酒して喫煙する人では多く遺伝子の異常が見つかりました。食道扁平上皮がんになりやすい遺伝子が2個みつかり、それらを保持と飲酒・喫煙の有無で食道扁平上皮がんになりやすさを比較したところ、2個遺伝子をもっていると飲酒・喫煙をしなくても何もない人の6.8倍がんになりやすく、飲酒・喫煙をすると189倍となりました。遺伝子が2個ともなく飲酒・喫煙をした場合は3.4倍でした。
乳がんや卵巣がんになりやすい遺伝子を持っている人でも、減量や運動などをすることにより、発症を約三分の二まで下げることが出来ました。
最近日本では体重2500g以下で生まれる低出生体重児が増えて10%近くになっています。これは出産の高齢化とスリム化が関係していますが、胎児が栄養不良にみまわれると、のちに肥満をはじめ生活習慣病になりやすいことが明らかになっています。お母さんが妊娠中に炭水化物を十分摂取しないと9歳に肥満になりやすくなるという報告もあり、妊娠3か月ごろまでの発達初期に起きた体の変化は生涯残る恐れもあります。逆に妊娠中に食物繊維を多く食べたマウスから生まれた子マウスは生後16週での体重が20%ほど少ないことがわかりました。
依存症の発生にも遺伝子のスイッチが関与していることがわかってきて、脳にある報酬系と呼ばれる部分で起きます。脳の報酬系は摂食中枢にも関与し、動物性脂肪を多く食べて肥満となった動物実験では、ドーパミンを受け取る構造を作る蛋白質が減って食べても食べても満足が得られず依存症が発生しました。人間でもfMRIでドーパミンを受け取る構造が働いていないことが明らかになっています。動物性脂肪への依存は抜け出すのが難しく、摂取を2週間やめても同じ強さで依存が持続していました。動物性脂肪の依存は玄米に含まれるγ-オリザノールという成分が和らげると報告されています。
メタボリックシンドロームに該当する日本人男性が玄米を2か月食べると、体重とBMIが減少し、LDLコレステロールは改善し内臓脂肪が減りました。
遺伝子が肥満に与える影響は30%で70%は生活習慣で決まります。
父親が高脂肪、高カロリーのファストフードを食べていると、息子や孫息子が肥満になって糖尿病を発症しやすくなる可能性が示されています。精子を通じて遺伝子のスイッチがオンになったと考えられました。父親が高脂肪食を食べても十分運動をすれば遺伝子のスイッチは子供に伝わらないこともわかり、母親の運動も有効です。
孤独だとずっと感じている人と人付き合いを楽しんでいる50-67歳の米国人で比較した研究があり、孤独と感じている人では炎症の発生と関わる78個の遺伝子が通常より働き、免疫機能に関与する131個の遺伝子の働きが低下し、心臓病や感染症に罹患しやすいと推測されました。
アルツハイマー型認知症になりやすいタイプの遺伝子にApoEがあり、日本人では持っている人はもっていない人の3.9倍発生する確率が高いですが、加齢を前向きに考えていると56%発症を低下させました。
感想
遺伝子や腸内細菌は時間をかけてその土地の生活習慣に順応しましたが、現代の急速なグローバル化による生活習慣の変化に追い付いていないため、がんや生活習慣病が増えていることが示され、それを踏まえたうえで生活習慣を形成していく必要があると感じました