著者紹介
2023年7月25日初版のサンマーク出版から発刊され本で、著者のクリスティアン・ベネディクトは1976年ドイツ・ハンブルク生まれで、スウェーデン・ウプサラ大学准教授の神経科学者・睡眠研究者です。
熟睡者
内容
2018年世界各国の睡眠時間をデバイスで集計したところ、日本人は6時間35分で成果平均より45分少ないです。
睡眠中に脳内の清掃プロセスが遂行されるので、遂行されないと老化が早まり長期的にみると重要な神経細胞のつながりが損なわれ記憶障害や認知症の発症を引き起こしかねません。睡眠中は脳だけでなく体のあらゆる器官も休憩を取り、細胞は再生して必要に応じて修復されます。成人では7-9時間、ティーンエイジャーは8時間、学童期は9時間、幼児は11時間の睡眠が最も有病率が少なかったです。
覚醒状態から睡眠に入ると脳波の振動数が減少つまりは神経細胞間のコミュニケーションが緩慢になります。腕や足が突然ビクッとひきつることがあるのは体の緊張が緩み、それをもとの状態に戻そうとするからで、ジャーキングと呼ばれ、この段階で幻覚を見ることもあります。5分くらいすると第2ステージに入り、これが全睡眠の50-60%を占めます。このステージで睡眠紡錘波がでて記憶の定着や運動能力の発達が促されます。睡眠紡錘波には睡眠を維持できるように働き、これが少ないと途中覚醒が多くなります。この後第3ステージに入り、ストレスホルモン(コルチゾール)が低下して成長ホルモンの分泌が促され、血圧や心拍数が低下します。この時に起こされると視床が大脳皮質への刺激を遮断するため睡眠酩酊と呼ばれる状態になり、完全に起きるまで15分程度要します。
第4ステージのレム睡眠の名前は急速眼球運動に由来しますが、眼球運動の意味はまだ分かっておらず、夜の後半に割合が多くなり、血圧変動が大きくなり、コルチゾールの分泌が増え大脳皮質の一部の運動が活発になり、このステージで夢を見ます。
一つのサイクル90-120分で深い睡眠と浅い睡眠とレム睡眠を繰り返し、徐々に深い睡眠からレム睡眠の割合が増えていきます。
体内時計をリセットするために太陽の光を浴びる必要がありますが、天気の日は30分で十分で、悪天候の日は60分外で過ごす必要があります。
体温が最も下がるのは朝の3-5時でエネルギーの消費を節約します。自然な睡眠・覚醒リズムを保つために室内の温度を上げすぎないように注意しましょう。就寝前にシャワーやバスタブにつかり体温を上げると熟睡できますが、これは皮膚が温まり血管が広がり熱の放射と体の冷却が促進されるからです。
肉類や脂っこいものは体内に長くとどまり、食物繊維や玉ねぎを多く摂取すると睡眠が妨げられる可能性があります。バター、赤身肉、チーズなどに含まれる飽和脂肪酸は入眠を妨げ、不飽和脂肪酸は入眠を促すという結果があります。牛乳を飲むと中に含まれるトリプトファンはメラトニンの生成を促すので入眠しやすくなります。乳糖不耐症の人は消化器症状を起こすため睡眠に悪影響を及ぼします。サワーチェリーもメラトニンを多く含み睡眠を促します。果実より果汁の方が効果は高いです。カフェインは体内時計を遅らせてメラトニンの分泌を遅らせます。朝のカフェインは体内時計のスイッチを入れます。
7-8時や15-17時に持久系の運動をすると体内時計が朝型に調整され、19-22時の運動は体内時計を後ろにずらしてしまいます。13時~15時に昼寝をとることは合理的ですが、1サイクル以上眠ると夜の睡眠に影響を与えるため15分を超えないようにしましょう。
夜勤シフトの人の睡眠を解析するとレム睡眠が少なく、睡眠が細分化されていました。
幼児期に睡眠リズムは確立されていきますが、基本的には朝型です。思春期になると体内時計が後ろにずれ夜型となります。しかし体内時計は女性20歳、男性21歳頃から再びシフトして朝型に回帰していきます。海外旅行する際に、西への移動で体内時計を遅らせるよりも東への移動で体内時計を早める方が難しいです。メラトニンというサプリメントは眠気を促すものの眠りを深くはさせません。またメラトニンの長期服用に関してはその影響がまだよくわかっていません。全人口の30%はメラトニン受容体がメラトニンに反応するとインスリンの分泌が低下します。
アルコールはレム睡眠を妨害し、睡眠を細分化して睡眠時無呼吸の原因にもなります。
ブルーライトによりメラトニンの分泌が遅れますが、日中に強い光を浴びた人は2時間ブルーライトにさらされても睡眠障害は起きない報告がありました。日中に太陽の光を浴びることは重要ですが睡眠2時間以内はブルーライトに当たらないことも重要です。
レム睡眠中は様々な記憶の痕跡を活性化して新たな組み合わせが生み出され、思わぬ発明に結び付くともいわています。フェイスブックの着想も蒸気機関車の発明にも一役かったといわれています。それに対して昼寝は創造性に無関係とされています。レム睡眠中に感情をつかさどる扁桃体も活性化することがわかっていて、自分の感情と向き合い精神的なバランスを維持できるようになります。うつ病の人はレム睡眠が多いものの好ましくない時間に発生して感情を相対化できないと考えられています。うつ病の人にブルーライトをカットする特殊な眼鏡を寝る前にかけてもらったところ、うつ病の薬と同等に憂鬱な気分が改善しました。抗うつ剤のSSRIはレム睡眠を減らしますが、好ましくない時間に発生するレム睡眠を減らすのが効果の一因と主張する研究者もおられます。
慣なれない場所で睡眠すると睡眠中の活動パターンが左右の脳で異なり、片方の脳は休めてももう片方は休めない状況で、睡眠負債を抱えた状態で起きることになります。
夜中に目を覚ましてしまった場合、すぐに眠らなければと心配してしまうとますます寝付けなくなります。その場合、数時間は眠れたし、ただベッドで静かに横になっているだけで休息の効果はあると考えましょう。
脳にはグリア細胞があり、グリア細胞が神経細胞に栄養を運ぶことによって神経間のコミュニケーションがうまくいきます。神経細胞間のコミュニケーションには多くのエネルギーを消費し脳内に残留物を残します。睡眠中にグリア細胞は脳脊髄液を使ってこの残留物を排出しますが、睡眠時間が短かったり眠りが浅かったりすると十分に排出できません。残留物の中にはアルツハイマー型認知症の原因となるアミロイドβや活性酸素が含まれます。排出できないでいると神経細胞のつながりが損なわれ記憶障害や認知症の発症を引き起こしかねません。昼の間には酸化ストレスにはサーチュインという蛋白物質を脳細胞内に形成して対処しますが、睡眠中は機能せず、強力な抗酸化作用のあるメラトニンの効果が必要になります。
睡眠時間が7時間未満の人は肥満になりやすくリスクが50%高いといわれています。代謝は睡眠不足からも影響を受け、基礎代謝ではなく食事誘発性熱産生だけで、一晩眠りが少ないと熱産生量は約20%低下します。睡眠不足では脳がエネルギーを貯蔵するように働き、またエネルギーを消耗する活動を避け、睡眠不足が続くと体重増加につながります。睡眠不足になると食欲を亢進するグレリンが生産され、満腹を知らせるホルモンGLP-1がいつもより遅れて出るためいつも以上に摂取してしまいます。満腹ホルモンのレプチンも通常は朝のみ低下しますが、睡眠不足だと一日中低下します。睡眠不足だと理性のある前頭葉の動きが低下し、報酬系の大脳辺縁系が勝り、食事などの誘惑が勝ってしまいます。
睡眠不足ではテストステロンの分泌が低下して筋肉量が低下して脂肪量が増え、腸内細菌の善玉菌バクテロイデス門に対して悪玉菌フィルミクテス門が増えます。
睡眠時間が少ないと目の下に体液がたまり黒い輪ができますが、全身にもその影響が出ます。
異物が侵入すると樹状細胞が引き寄せられ細菌情報を収集し、外敵と認識するとT細胞に情報を提示してT細胞の働きを促しますが、睡眠不足だと樹状細胞からT細胞への情報伝達がうまく行われず免疫低下につながります。ワクチンによる抗体の生成も睡眠不足で効果が変わってきます。主に夜に活動するがんを予防するナチュラルキラー細胞も睡眠不足で活動が低下します。21時前に食事を摂るもしくは睡眠2時間以上前に夕食を摂取すると前立腺がんリスクが26%、乳がんリスクが16%低下します。メラトニンの分泌には、日中できれば午前中に日光を浴びる、午前中屋外で運動し、寝る前3-4時間前には終了する、夕方から夜にかけてブルーライトは見ない、15時以降はカフェインを摂取しない、夜中目が覚めても照明はつけない、寝室を暗くするように努めることが大事です。
睡眠不足になると覚醒時間が通常より長くなるため脳はより多くのブドウ糖を消費し、翌日さらなるエネルギーが必要だと体が判断し、ブドウ糖の量を増やすことで対応します。コルチゾールの分泌を刺激する説もあります。コルチゾールが増えると筋肉からアミノ酸が血中に放出され、これが長期的には筋肉の分解につながります。
睡眠の最初の2-3時間で脈拍や血圧が低下し循環器系の負担は軽減し、睡眠中に損傷を受けた心臓のタンパク質が新鮮なタンパク質と入れ替わることも研究で確認されています。必要な睡眠がとれないとこの修復プロセスが阻害され、不整脈を起こしやすくなります。
睡眠時無呼吸症候群は睡眠中に少なくても10秒以上1時間に5回以上定期的に呼吸が停止する疾患です。これは循環器系に大きな負担となり、心臓と血管がストレスを受けて長期的に心臓病や動脈硬化や脳卒中につながる可能性があります。レム睡眠中に無呼吸になるともともと心臓発作が起きやすくなります。治療としてCPAP療法や舌下神経を電気で刺激する舌ペースメーカーや胸ポケットにテニスボールを入れて縫い込んで仰向けに寝にくくする方法などがあります。
感想
睡眠不足で起こる弊害、例えば肥満になる機序などが理路整然とあり、頭にすっと入ってきました。