著者紹介
幻冬舎から出版された2015年6月26日初版の本で、著者は伊藤敏雄氏で長崎大学医学部出身の医師で、25年にわたり現場に立ってきた咳治療のエキスパートで、2004年内科呼吸器科クリニックを開業されています。卒業年は書いていませんが1974年頃の卒業だと思われます。
伊藤氏は喘息の研究もされて、喘息についての詳細な記載もありました。
知られざる咳の正体
内容
咳は体内に入った異物を外に出すために引き起こされる症状で、風邪をひいたときにも咳は出ますが、一時的にひどくなったとしても1週間も経てばほかの症状とともに自然に回復するのが正常の過程です。しかし咳が2週間以上続く場合、その原因は異物を吐き出すための防御反応でもあるいは風邪の名残でもありません。多くはアレルギーによるものですが、中には肺がんや結核、間質性肺炎、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など呼吸器の重篤な疾患が隠れている場合もあります。また咳の原因として別の要因が潜んでいることがあり、鼻炎や心因性が挙げられます。もっとも問題なのはその咳の原因をきちんと診断し患者さんにしっかりと説明し適切な診療が行われていることが非常に少ないのが現在の日本の医療の状況だということです。
最も身近な要因として挙げられるのが風邪です。咳がいつの間にかになくなって咳の存在を忘れてしまう程度になれば気に病むことはないでしょうが、風邪をひいてから数週間経っても咳が出続ける場合があります。高熱でも出れば心配になって医療機関に行くでしょうけど症状が咳だけだと医者にかかるほどでもと二の足を踏むのではないでしょうか。
風邪は咳でとんだ唾が原因でうつると思っている人が多いでしょうけどもっと用心すべきは鼻です。鼻を触った手であちこちを触ることによって、別の人がそこに触れて、間接的にウイルスが付着して体内に入ることが多いのです。ウイルス感染後1-3日で症状が現れ鼻水が出て、咳もその頃から出始めます。ウイルスによって症状の内容や出方の違いはあって通常数日から1週間程度で症状が消えます。長引いたとしても2週間以上はまずならないといっていいでしょう。なので咳が長引いているという考え自体がおかしいのです。風邪のほかの症状がなくなったのになおも咳が続いている咳は風邪ではなくほかの要因や疾患が絡んでいると考えるほうが順当です。その中には命に作用したり、慢性化したり難治性になったりする病気もあるので高をくくってはいけません。またこれらの風邪以外の病気は風邪用の咳止めが効かないことが多いといえます。明らかに軽快しているのであれば気にすることもないのであれば、むしろひどくなった咳が慢性化し、それによって体力消耗したり、生活に支障が出たりするので困ってしまうのです。
咳が続いているから医療機関を受診すると風邪が長引いているといわれて、風邪をひいた時と同じ咳止め薬や抗生物質を処方されておしまいです。デキストロメトルファンはよく処方されますが、蜂蜜と同等かそれ以下の効果しかありません。むしろ多く服用すると動悸などの副作用が出てしまうので飲まないほうが良いといえます。喘息発作の症例に鎮咳薬のみ投与すると痰が喀出できなくなり死亡するケースもあるため禁忌となっています。あまりにひどい咳の場合は原因治療をしながら強力なコデインリン酸塩を使うことはあります。ポイントはきちんとした原因治療と併用することが大事です。
著者の診療所に咳が慢性化して初めて来院することがあり、聴診をされずに診断された人が多いです。喘息は聴診で音が聞こえますが、浅い呼吸で聞こえない時があり、強制呼出させて初めて診断がつくことがあります。肺炎の患者さんで捻髪音を聴取したり、鼻炎のひどい患者さんで湿性ラ音が聴取できることも多いです。
大病院では命にかかわる大きな病気の発見には熱心に取り組んでくれるでしょうけど、画像検査で異常がなければ問題なしとされるケースが多くなります。ですので大病院だといっても必ずしも適切な診察をしているとは思えません。
マイコプラズマ肺炎や百日咳は1か月以上咳が持続することはありますが、マイコプラズマ肺炎に喘息を発症するケースは多くみられます。また咳が続くからとマイコプラズマと診断してしまう例もあり、通常マイコプラズマは一度なったら抗体ができて4年間はかかりません。成人が百日咳にかかるケースもありますが軽症のまま治ることが多いです。
咳が長引く三大疾患は、喘息・咳喘息・アトピー性咳嗽で、風邪をひくと気管支内側の上皮がウイルスに壊されます。正常な人は1週間で元に戻りますが、何らかのアレルギーを持っていると様々な刺激により気管支平滑筋が収縮して気管支が狭窄します。気管支粘膜下の血管にも影響するとむくんでさらに狭窄します。それにより喘鳴を生じるのが喘息で、むくみまで来てないのが咳喘息で、咳喘息の状況が気管支の前の気管という太い部分までに生じているのがアトピー咳嗽です。喘息と咳喘息は気管支拡張薬を吸入すると楽になり、太い気管が主病巣のアトピー咳嗽は気管支拡張薬で拡張してもあまり楽に感じません。
診療はまずは命に係わるかもしれない肺がん、肺結核、肺炎、間質性肺炎、COPD、気管支拡張症ではないことを確認し、前述の3つの疾患を頭に入れて診察します。それ以外には鼻疾患が原因のことがあり、鼻炎などで出た分泌物が鼻の穴から出るのではなく裏の気道に入ってしまうことを後鼻漏といいます。咳が長引く三大疾患の9割近くは鼻の症状も合併しています。以上の疾患が該当しない場合は心因性を疑います。咳の三大疾患の3割以上に心因性の合併が見られます。心因性の場合鼻疾患以上に診断が難しく、ただ心因性と分かれば少量の抗不安剤などで劇的に症状が軽快する症例も少なくありません。それ以外にはACE阻害剤と呼ばれる降圧剤、ペットなどの動物に対するアレルギー、逆流性食道炎があります。
咳の診察は基本的には問診と聴診、のどの視診、呼吸機能検査と実施し、3週間以上続く場合は胸部X線を受けることが勧められ、血液検査や喀痰検査を組み合わせます。命に係わる疾患の可能性はないが確定的な診断がつかない場合は、最も疑わしい病気に対する治療を開始して経過観察し、効果が見られたらその診断が正当だったとする治療的診断がなされることがあります。咳の診断を難しくしているのには複数の原因の合併が多いことです。
喘息について以前は死亡率のかなり高い病気で、吸入ステロイド剤の普及により死亡者は減り続けていますが、重症化すれば命に係わる疾患であることに変わりはありません。喘息は一言でいうと気管支などの空気の通り道が炎症によって狭くなってしまう病気です。発作がないときも気道は常に炎症を起こしている状態でそこに冷たい空気やタバコ、ホコリといった何らかの刺激が加わることで発作が起こります。インフルエンザウイルスに罹患すると気道上皮がひどく剥がされることがあり、重症な喘息発作の引き金になることがありますので、喘息の人にはインフルエンザワクチン接種が勧められます。喘息の体表的な症状は喘鳴や息苦しさと激しい咳込みで、症状は急に出るので喘息発作とも呼ばれます。夜から明け方にかけて起こりやすいですが、日中に何気ないことでも発作は起こりえます。程度は人それぞれで一晩中寝られなくなる人もいれば軽い症状で済む人もいますが、あまくみているとある程度の長い年月の間に重症化していく恐れもあります。喘息発作を何度も繰り返すと、気管や気管支壁が次第に炎症で厚くなり、気道が狭いまま元の状態に戻らなくなってしまい、これをリモデリングといいます。15歳未満の小児喘息の有病率は成人に比べ高いものの40~70代にも喘息は多くいます。成人以降の喘息患者さんの7~8割は成人後に初めて発症しており、80代が初発の人もいました。なお小児喘息の6~7割は成人になる前に緩解するといわれている一方、一度緩解してもそのうちの約5割は大人になってから再発するともいわれています。肥満な人ほど喘息の発症リスクが高く、有病率も高いことがわかってきています。実際難治性喘息を発症しやすいのは中年肥満女性といわれています。喘息の誘発因子で重きを置いているのは鼻炎で、鼻の奥の方から喉に落ちることがあり、気道に入ってしまうと炎症関連物質が刺激となり喘息にとって悪化因子となってしまいます。日本の全国の喘息患者を対象に行われたSACRAの研究では6割以上の喘息患者さんで鼻炎を合併しているという結果も出ています。にもかかわらず現状日本の喘息治療では鼻炎が軽視されているのではないかと懸念しています。喘息の診断は典型的な症状が出ている場合は経験のある医師なら難しくないですが、症状が出ていないと難しいです。鼻炎のみの場合もあり、肺機能検査でのフローボリューム曲線でピークが低く下に凸になっていることを確認する必要があります。高齢者の場合は心不全による心臓喘息の可能性もあり、心エコー検査で収縮率が良好でも拡張障害があることもあり注意が必要です。ステロイド剤には水分貯留作用があり、経口ステロイド薬を投与すると余計に苦しくなることがあります。喘息の治療薬はステロイド+長時間作用型気管支拡張薬の吸入薬で、吸入の仕方が問題になることがあり指導が大事です。また抗ロイコトリエン剤も重要です。
風邪が完治しほかの諸症状が出なくなっても気道の過敏性だけが残ってしまうことがあります。そうなると冷たい空気やほこりを吸ったとき、しゃべりすぎなどでのどを酷使などちょっとしたことをきっかけに再び気道が炎症を起こし咳が出やすくなります。これが咳喘息です。咳喘息は適切な治療が行われず放置すると喘息に移行することがあります。一般的に咳喘息を繰り返している人の30%程度は喘息に移行します。咳喘息は一般的には乾性咳嗽ですが、後鼻漏を合併すると湿性咳嗽になり、実際90%くらい合併しています。咳喘息は診断が難しいのですが、フローボリューム曲線で健常人よりも下降線の途中から最後のほうに軽度のへこみができるのが特徴です。治療は吸入ステロイドになります。
アトピー咳嗽は若い女性に多い疾患で、ほとんどの症例で鼻炎や副鼻腔炎を合併しています。アトピー咳嗽は乾性咳嗽ですが、鼻炎があるので湿性咳嗽の場合もあります。治療薬は抗ヒスタミン薬と吸入ステロイド、場合によっては気管支拡張薬の合剤を使用します。
後鼻漏の原因としてアレルギー性鼻炎があり、一般的には第二世代の抗ヒスタミン薬やステロイドの点鼻薬が用いられますが、抗コリン作用も持つ第一世代の抗ヒスタミン薬の方が切れ味が良いと感じていて、抗コリン剤とステロイド剤との合剤(商品名セレスタミン)の短期間投与がとても強い効力を発揮します。ただし緑内障の人には使えません。
長引く咳の原因として日本では一位が咳喘息、アメリカでは後鼻漏、イギリスではアレルギー性咳嗽となっています。
ストレスが誘因となる心因性咳嗽もあり、過剰なストレスがどのようなメカニズムで咳を誘発しているかは明らかになっていません。乾いた弱い咳が特徴で、仕事で電話をしている時や強いストレスと受けた時、例えばミスをして叱責された時などにでることがあり、午後疲れた時に咳が出やすいのも特徴です。休みの日や気持ちがのどから離れているときはほとんど出ません。実際の診療では心因性のみで咳が出ている症例はとても少なく、喘息や咳喘息、アトピー性咳嗽と合併していることがほとんどです。喘息と経度の心因性咳嗽との合併が多くみられ、長引く咳の3割以上がこのパターンに分類されます。他院で各種治療をしても改善しなかった人が多く来るからかもしれません。心因性咳嗽を疑いやすいのは、鼻炎、咳喘息の治療を十分施した後の診察で、咳がほとんどよくならない、寝ているときは全くでないという場合です。抗不安薬は抵抗のある人もいるため、半夏厚朴湯という漢方薬があり、これは気分がふさぎ、喉に何か詰まった感じがあり、ときに動悸やめまい・吐き気を伴う不安神経症や神経性胃炎、つわり、咳、しわがれ声、喉のつかえ感に適応となる薬です。過剰なストレスが軽減されないと一度よくなったとしても再発しやすいということがあります。
感想
感染後の遷延性咳嗽を咳喘息としているのはどうかと思いましたが、投薬で思ったように効果が出ない場合は、原因が複数あることも考慮しないといけないと感じました。思ったより多いのかもしれません。