日本癌治療学会編集のガイドラインです。2015年の改訂以来8年ぶりの改訂となります。
制吐剤適正使用ガイドライン2023年10月改訂第3版
がん薬物療法によって出現する悪心嘔吐(CINV)は、患者が苦痛とする代表的な副作用です。悪心嘔吐を制吐療法により抑制することは患者QOLを向上させ、治療を適切に維持し、最終的に全生存期間の延長が期待できます。制吐療法も有害事象や通院などの生活上の負担や薬剤のコストの負の側面もあります。
悪心とは嘔吐しそうな不快な感じと定義され、延髄の嘔吐中枢に向かう求心性迷走神経刺激により発症します。
悪心嘔吐の発現時期や状態によって制吐療法がおこなわれます。抗がん剤投与開始から24時間以内に出現する悪心嘔吐を急性期悪心嘔吐、抗がん剤投与開始24時間後から120時間(5日)程度持続する悪心嘔吐を遅発期悪心嘔吐、制吐薬の予防投与にもかかわらず発現する悪心嘔吐を突出性悪心嘔吐、抗がん剤のことを考えるだけで誘発される悪心嘔吐を予期性悪心嘔吐といいます。
悪心嘔吐の発現頻度は使用する抗癌剤の催吐性によって規定されます。催吐性は抗癌剤単剤で規定されて高度催吐性リスクから中等度、軽度、最小度に分類されますが、中等度の2つの薬剤の組み合わせで高度催吐性リスクになることもあります。抗がん剤を併用する場合は最も高い催吐性抗がん剤に合わせた制吐療法が推奨されます。
基本的な制吐薬には5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾン、オランザピンの4剤があり、これらを催吐性リスクによって使い分けます。
急性期悪心嘔吐に有効な薬剤は5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾン、遅発気に有用なのはNK1受容体拮抗薬、デキサメタゾンで、2017年に保険適用になったオランザピンは急性期・遅発期ともに有効です。
高度催吐性リスクの抗がん剤には5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾン、オランザピンの4剤が有用ですが、オランザピンは糖尿病合併者には使用不可で、75歳以上の高齢者にも使用実績はなく、個々の症例ごとに適応を検討して使用します。高度催吐性リスクのAC療法(アドリアマイシンとシクロホスファミド)のデキサメタゾンは1日に投与期間短縮可能となりましたが、他のレジメンでは確認されていません。オランザピンを用いない3剤併用療法やデキサメタゾンの投与期間を短縮する場合は、5-HT3受容体拮抗薬は第2世代のパロノセトロンが優先されます。
中等度催吐性リスクの抗がん剤には5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾンの2剤併用療法ですが、AUC=4以上のカルボプラチンを含むレジメンにはNK1受容体拮抗薬を含む3剤治療が標準的となります。5-HT3受容体拮抗薬は2剤併用の時は第2世代のパロノセトロンが望ましいですが、3剤併用療法の場合は第1世代5-HT3受容体拮抗薬を考慮してもいいです。デキサメタゾンの投与期間を1日にする場合はパロノセトロンを選択しますが、デキサメタゾンの投与期間短縮のエビデンスは得られませんでした。オランザピンの追加についてはエビデンスが十分でなく現時点での適応は限定的です。
経度及び最小度催吐性リスク抗がん剤には5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾン、ドパミン受容体拮抗薬が単剤で投与されていることが多いですが、推奨できる明確な根拠のある薬はなく、最小度催吐性リスクの場合ルーチンに予防的制吐療法は行わないようにします。
悪性リンパ腫のレジメンの(R-)CHOP療法は高度催吐性リスクとして扱うべきで、プレドニゾロンと5-HT3受容体拮抗薬にNK1受容体拮抗薬を併用することが弱く推奨されます。
予期性悪心嘔吐は往診嘔吐を経験させないことが重要で、発現した際はベンゾジアゼピン系抗不安薬(ロラゼパム、アルプラゾラム)を治療前日夜と当日治療の1-2時間前に投与します。ロラゼパムは1回0.5-1mgを1日2-3回投与で最大1日3mgまで、アルプラゾラムは1回0.2-0.4mgを1日3回投与で1日1.2mgまでとします。予期的悪心嘔吐に対する処方は保険適用外です。
放射線治療による悪心嘔吐にはリスクに応じて5-HT3受容体拮抗薬やデキサメタゾンを用いた制吐療法をします。保険適応が認められているのは5-HT3受容体拮抗薬のグラニセトロンとメトクロプラミドのみです。
5-HT3受容体拮抗薬とNK1受容体拮抗薬の主な副作用は便秘と頭痛です。NK1受容体拮抗薬の干すアプレピタントは静注薬で注射部位障害の副作用に注意が必要です。ステロイドは高血糖や不眠の副作用があります。
オランザピンは1日1回5mg(状態により最大10mg)を最大6日間の投与を目安として保険適応となりました。原則として1日1回5mgを1-4日目の夕食後に投与します。作用点が重複するドパミン受容体拮抗薬(メトクロプラミド、ドンペリドン、プロクロルペラジン、ハロペリドール、リスペリドン)との併用は勧められず、睡眠薬との併用に注意します。
メトクロプラミドとプロクロルペラジンは錐体外路症状に注意する必要があり、ベンゾジアゼピン系のロラゼパムとアルプラゾラムは眠気とめまいに注意します。
連日経口投与の抗がん剤の制吐療法について、NCCNガイドラインではリスクに応じて5-HT3受容体拮抗薬やメトクロプラミドやプロクロルペラジンが推奨されていますが、5-HT3受容体拮抗薬は副作用やコストの問題があり、質の高い研究がなく今後の検証課題となっています。連日点滴投与をするレジメンについては、連日制吐療法をすることが強く推奨されましたが、具体的な各制吐薬の投与日数や量については確立されていません。
突出性悪心嘔吐に対して、オランザピンの方がメトクロプラミドよりは効果が高かったですが、メトクロプラミドも一定の抑制効果はあると推定され、メトクロプラミドの投与は弱く推奨されました。オランザピンを予防投与している場合にオランザピンの追加投与を推奨できる根拠はなく、副作用の問題もあり、それ以外の制吐剤を投与することになります。
免疫チェックポイント阻害薬使用時にステロイドをプレドニゾロン換算10mg以上併用していると無増悪生存期間や生存期間が悪かったと報告されましたが、制吐療法で使用するステロイドについては、ステロイドを減量せずに適切な投与量が推奨されます。
非薬物による制吐療法について、鍼療法、運動療法、アロマ療法では一部有用とする報告もありますが、体制やエビデンスの強さから非薬物療法を行わないことを弱く推奨されます。
制吐療法の効果を低下させる因子は若年、女性、飲酒習慣なし、乗り物酔いや妊娠悪阻の経験があり、患者が自身の症状評価を行って重篤な場合は病院へ速やかに連絡・受診できるように支援し、自宅でも救援治療薬の服用方法についても指導します。