著者紹介・はじめに
2022年9月1初版の扶桑社から発刊された本で、著者は大場大氏です。大場氏は1972年生まれでがん研有明病院にも勤務された外科医、腫瘍内科医で2021年に東京目白クリニックを開業され、そこでは免疫チェックポイント阻害剤などの外来化学療法もされています。
2016年11月に出版された本を大幅に加筆修正されたものとなっていて、現場にある様々な問題をいろいろな切り口で明らかにしながら、医学の進歩とともに氾濫する情報を少しでも取捨選択しやすく、真に有益で安心できる医療とは何かを共有していただく本です。
最高のがん治療、最低のがん治療
内容
この国は世界で一番といっていいほどエセ医学や詐欺的医療が蔓延しやすい土壌となってしまいました。標準治療はベストな治療でも質の格差は存在します。
がんの死亡率は右肩上がりに上昇し、年間40万人近くが亡くなり、癌になる確率は男性65%、女性50%といわれています。健診として胃カメラやヘリコバクターピロリ菌の除菌治療の普及によって胃がん死亡者数は減少傾向で、精密検査が対策型として行き届きにくい大腸がん、膵臓がんの死亡者数は上昇しています。喫煙はがんの発生の危険因子で、内的・外的な要因が複合的に重なり合ってがんが発生するので、単純化した話や言い切り型の明快な情報を聞いた場合はまずは批判的になるべきです。子宮頸がんの原因となるHPVのワクチンに副反応が問題となった時、大手メディアはある意味ワクチン反対運動を繰り返しました。ワクチンは安全性が確立されており、不毛な科学リテラシーを振りかざすのみで実際の子宮頸がん患者さんの苦痛には全く頓着していません。
遺伝子のアンチエイジングは現代医療では不可能で、現在のところ根拠のある確実な予防法はありません。住民健診は対策型検診で限られた予算の中で集団の死亡率を下げるのが目的で個人に目は向けられていません。大腸がんには大腸カメラが望ましいですが、安価な便検査のみで、これに頼っていてもあまり意味がないと個人的に思います。胃がんには胃カメラが推奨されますが、いまだに続いているバリウム検査は百害あって一利なしと個人的に思います。人間ドックは全額自己負担となり、営利目的な業者が多く魑魅魍魎な状況で、医療従事者の質にも問題の多い施設が多いです。
がんの振る舞いは個々によって異なり、ステージⅣでも絶対に治らないを意味するものではありません。がんには周囲の正常組織に侵入していく浸潤や血液やリンパの流れを利用して全身に広がる転移があり、この程度によって悪性度が高いといわれます。がんを高い確率で治すには浸潤や転移のリスクが低いうちに治療が施されるのは言うまでもありません。
がんにはがん幹細胞という再発や転移の主役がいて、抗がん剤にも強く自己複製能や多系統のクローン分化する能力もあり、全身に広がってしまうと治癒が困難となり、局所にとどまっているうちに手術などで一挙に根絶することも可能です。
遺伝で発生するがんはわずかであり、日本では遺伝子情報の保護に関する法整備が不十分であることをいいことに、気軽に遺伝子検査と称した商品が出回っていますがほとんどが眉唾です。
手術はがんの取り残しなく切除できるのが大前提で、基本リンパ節を掃除するリンパ節郭清もセットで行われます。最近では抗がん剤とも併用することもあり、以前のように手術一本で広範囲を切除する時代ではなくなっていて、またⅣ期であっても大腸がんや神経内分泌腫瘍など手術で治ることがあるがんもあります。手術には術後の生活に影響する後遺症がついてくるものものあり、医師は患者さんと真摯に向き合わなければなりません。大腸がんはステージがⅢになっても5年生存率はそれほど下がりませんが、胃がん、肺がん、卵巣がん、食道がん、膵臓がんなどはステージⅢになると低下し、手術単独では太刀打ちできない場合が多く、抗がん剤などを組み合わせる集学的治療と呼ばれる戦略で対抗する必要があります。
最近はロボット支援手術があり、傷口は小さく入院期間が減る短期的に優れた面はありますが、治癒率などの長期的な成績ははっきりせず、状況に応じて使い分ける必要があります。
乳がんは他のがんとは全く異なる特殊性を持っていて、腫瘍径2cmまでの大きさでリンパ節がない早期の段階なら治癒確率は高いですが、しこりとして触知された時点ですでに基底膜を越えているためすでに微小転移が潜んでいて、なかには15年経過してからゆっくり再発することもあります。乳がんの中にはサブタイプがいくつかありそれぞれ異なるふるまいをするためそれを知るのが大切ですが、手術することによってがんの性質を知ることができます。
抗がん剤治療は利益と不利益がある治療ですが、不利益のリスクを誇大に取り上げられ悪印象を植え付けられている人がいます。治癒することが難しい場合もありますが、生活の質を維持しながらこれまで通りの日常を過ごせたり、腫瘍を縮小させて進行を遅らせることもありますし、癌腫によっては治療方針を手術に転向させることもあります。これまでは副作用を強いることが多かったもしれませんが、抗がん剤治療の利益を最大限に引き出し副作用を最小限に抑え、抗がん剤治療自体が目的化されることなく、治療の目的や目標を主治医と共有しなくてはいけません。
放射線治療は優しい治療ではなく、効果がなかったり死亡してしまうこともありますが、根治を目的とする場合と痛みの緩和などの目的でされる場合があり、それによって治療スケジュールも異なりますが、厳格な品質・精度管理が重要で近年は治療技術が飛躍的に進歩しています。手術か放射線治療かどちらかを選択するかはなく、何のがんでどのような状況に対して何を目的として行う治療なのか、それぞれの専門性を持ったワンチーム医療で、場合によっては両方を合わせた集学的な治療も検討していくことになります。
緩和ケアはあきらめなさいではなく、治癒が困難ながんと告げられた時から身体だけでなく精神的・心理的な苦痛に対する緩和ケアが始まります。医師や看護師だけでなく、薬剤師、栄養士、臨床心理士、ソーシャルワーカーといった多職種による早期からの緩和ケアが標準化されることを願ってやみません。モルヒネは負のイメージがありますが、痛みが満足にいくレベルまで取れない場合は中毒になることはありません。テキトーに処方されると過剰投与からせん妄になることもありますが、痛みは生きるエネルギーを奪う存在で、使用を躊躇すると患者さんの不利益になります。
先進医療とは保険診療と併用は認められているものの現段階では有用性が十分に確立されていない暫定的な治療のことを言います。治療費は自己負担で今後標準治療になるかもしれませんが逆に取り下げられる可能性もある治療法です。粒子線治療も万能治療のように扱うキャンペーンが横行し、治療可能な施設には放射線治療の専門医しかいないことも多く気を付けた方がいいです。
民間クリニックの免疫療法でされている活性化リンパ球療法は1980-2000年代に盛んにおこなわれましたが、有効性が示せず失敗のレッテルが張られています。免疫チェックポイント阻害剤が本物の免疫療法ですが、民間の免疫療法は素人なので副作用の管理ができず規定量ではなく免疫チェックポイント阻害剤をごく少量でテキトーに使用しているということです。胡散臭い同じエフェクターT細胞療法でも標的抗原エフェクターT細胞療法は今後臨床試験で効果が調べられていくはずです。CAR-T療法は有望な治療ですが、サイトカイン放出症候群や脳症などの重篤な副作用が起こることがあるため、ICU管理可能で専門性を有した腫瘍内科医しか扱うことはできません。本当のがん免疫療法はクリニック治療で宣伝されるような決して体に優しい副作用のない治療ではありません。副作用がないのは免疫応答が起こっていないと考えた方がいいでしょう。がん医療ではなくがんビジネスとなっていて、院長が素人の場合や、その会社の株を保有している蜜月の関係だったり、がん専門センターリタイア後の天下り先の場合もあります。
免疫力アップを軽々しく使う、〇〇のみでがんが消える、というのにはくれぐれも気を付けた方がいいでしょう。がん食事療法は多くの書籍が棚を占めています。その中でも有名なゲルソン療法は1930年代にドイツ人医師ゲルソンが提唱したものでトンデモ療法に他なりません。これまで多くの死亡例や重篤な副作用が報告され、欧米では代替療法としてこれに近づかないように通告される、危険なオカルト療法扱いになっています。
高濃度ビタミンC療法も効果があれば保険診療になってがん専門病院でも推奨されているはずです。1978年に効果が報告されましたが、アメリカのメイヨークリニックでの臨床試験で効果は認められず、40年以上たった現在もがんに効くという客観的なエビデンスは存在していません。高濃度ビタミンC点滴を扱うクリニックは必ずインチキ免疫療法も行っています。
2005年の厚労省での報告ではがん患者の45%は何らかの民間療法をされており、6割以上が主治医に内緒でしていました。健康食品ではアガリクスなどのキノコ類が圧倒的でしたが、効果について信頼できるデータは一つも存在していません。漢方薬にもがんに対する効果はありません。民間療法を頭ごなしに否定しているわけでなく、使用することによって精神的・心理的な安心感を得たり、QOLの向上につながることもあるはずですが、がんを治す、生存期間を延ばせる効能という意味で応えてくれる力は備わっていません。
多忙とはいえ医師のコミュニケーションスキルに問題がある場合は少なくないですが、がん難民にならないために主治医と患者とその家族の双方で納得した意思決定を共有することは不可欠です。
感想
標準治療以外の治療をばっさりと糾弾していますが、民間療法でうまくいかなかった人の尻拭い的な診療もされてきたのでしょう。民間療法の中にも個人的には効果のある治療もあると思っていますが、保険診療ができないこともあって、何かが起こった時は無責任と感じることはあります。今後は標準治療と代替医療を統合した診療が日本でも一般的になることを望みます。