著者紹介・はじめに
2021年1月30日初版の光文社から発刊された本で、著者は小林久隆氏です。小林氏は1961年生まれて1987年に京都大学医学部を卒業され、アメリカでがんの研究をされてきた方で、光免疫療法の開発で様々な表彰を受けられました。
副題に、がんを瞬時に破壊する、身体にやさしい新治療が医療を変える、とあります。ここでは紹介していませんが著者のの生い立ちや医師になってからのことも書かれています。
光免疫療法
内容
抗体は、19世紀にドイツの細菌学者パウエル・エールリヒが魔法の弾丸と呼び、あらゆる疾患に有効だと述べ、1984年にセーサル・ミルシュタインによりモノクローナル抗体作成の技術ができました。抗体分子に毒素や抗がん剤をつけてターゲットのがん細胞に到達させるミサイル療法も考えられました。しかし障害が強く出るためがんの完治にはつながりませんでした。抗体分子はがん細胞にはくっつくのですが、届くのは一部で他の体にも存在してしまいます。そのためがん細胞にくっついた時にだけ信号を出すように出来ないかと考え、2007-2008年に東京大学教授の浦野泰照先生たちとの共同研究で成功させました。当初は静脈注射で作成していましたが、がんがありそうなところにスプレイする方式のものも開発しました。つまりがん細胞だけからエネルギーとしての光を放出させる技術を確立させ、このエネルギーを応用すればがん細胞だけを選択的に破壊することができると考え、近赤外光免疫療法と名付けましたが、マスコミや一般の方々から光免疫療法と呼ばれるようになり、最終的にはその名前になりました。
光線力学療法(PDT)の進化したものですかと問われることもありますが全く違います。光線力学療法は病巣部位に光増感剤を集積させ、そこに光を照射して発生する活性酸素でがんを死滅させる治療法です。しかしがんへの光増感剤の集積は正常細胞に比してよくて2倍程度で、正常細胞も障害され、光免疫療法とは機序が全く異なります。
光化学反応を起こしやすいためには光のエネルギーが高い(波長が短いこと)ことが条件になるので、体の奥まで透過する短い波長の近赤外光が最適となります。この光を利用して細胞を破壊する化学物質を探し、IR700という薬剤をみつけました。IR700を抗体と結合させて、細胞にくっついて光を当てて初めて光化学反応が起こり細胞の膜を傷つけます。がん細胞にとりついて光を当てて一斉にがん細胞が破壊されてしまうと、がん細胞からがんに特異的な種々のがん抗原が大量に周囲にばら撒かれ、免疫細胞は異物が侵入してきたと認識し、がん抗原を持つ細胞を攻撃するリンパ球が増殖しがん細胞を選択的に攻撃し、わずかに残ったがん細胞や余力があれば転移先のがん細胞をも攻撃します。
細胞膜が破壊されると細胞は生き残れなくなり、早ければ1分以内に細胞を破壊することができ、2-3日後には組織学的にも腫瘍細胞がほぼ完全に消失することが確認されています。通常の放射線照射や切除術よりはるかに組織が収縮してひきつれる固い瘢痕を残さないという点で元の機能温存を期待できます。
この治療は正常細胞は全く治療の影響は受けないため免疫反応が正常に働きますが、放射線や化学療法では免疫も弱ってしまいます。また集積毒性を気にする必要がないので投与に限界がなく、一回の治療でがんが治りきらなくても再度この治療はできます。治療するたびによりよくがんを認識して理論的により強い免役を獲得できる可能性は高くなりります。
がん細胞を直接壊すのではなく、がん細胞をかくまっているTreg細胞などの免疫抑制細胞を叩く治療も考えられます。腫瘍内にいる免疫細胞はかなりの細胞がすでにがん細胞を攻撃するように教育されており非常に選択的であることから、自己免疫疾患のような副作用はほぼ起きることはありません。
一回の光の照射は5分。光の当て方は2通りで、一つはハンドライト型のもので外から照射する方法です。ハンドライトだと深部まで光が照射できない部位があるので、針を刺して光ファイバーを用いて腫瘍内部から光を照射する方法もあります。
近赤外光はレーザー光発生装置で発生させ、機器本体の値段はオーダーメイドで作っても一台300万円程度です。治療は状態がよければ日帰りの外来治療で済みます。
IR700の元となる化学物質はフタロシアニンという色素です。フタロシアニン骨格の中心にケイ素原子を入れたりして水に溶けやすい性質に改良しました。光が当たると水に溶けない部分だけ残り、取り付いたがん細胞膜上に巻きついて細胞膜を傷つけます。光が当たらなければ体内に入っても尿中に排泄されます。この光化学反応は酸素が少ない酸性の環境下で起こりやすいので、血中や正常組織では起こりにくいです。
光免疫療法ではまず腫瘍崩壊症候群がまず起こらないと実証されています。理由を完全に解明出来ていませんが、腫瘍のみに作用し、腫瘍の中の細胞をすべて壊しているわけではないからと考えられます。体重の5%を超える大きな腫瘍のあるマウスに対しての動物実験では腫瘍崩壊症候群のような症状は起きる場合もあります。
薬剤耐性は生物学的な適応が起こるよりはるか前に細胞が壊れてしまいます。
治験はアメリカで行われ、フェーズⅢが日本も含めて世界十カ国前後で実施され、2019年2月から国立がんセンター東病院で食道がんの治験が開始されました。治験を開始するにあたっては楽天の三木谷浩氏の援助を受けて実施することができました。
現在は胃がんの治験も始まり、子宮頸がんなどにも広がっていく予定ですが、それぞれ光の照射方法は異なります。食道にはバルーンを使用してバルーン内部の真ん中から光を照射するイメージです。
2020年9月25日、厚生労働省から光免疫療法で使われる新薬アキャルックス点滴静注が正式に薬事承認されました。先駆けと条件付きの特例制度が適用されてです。対象となるのは頭頸部に発生した扁平上皮がんです。
感想
実際症例を見たことがないのでその実力は実感できていませんが、副作用もなさそうでかなり期待できるのではないでしょうか。ただ抗体を用いるため適切な抗体があるのか、がんの抗体の発現具合により効果に差も出るでしょうし、この治療でどの程度アブスコパル効果が出るのかしっかりとみていきたいと思います。