図解免疫療法

著者紹介

幻冬舎から発刊された2020年6月30日初版の本で、著者は藤井真則氏です。藤井氏は大阪大学理学部卒業し細胞生理学と分子遺伝学を専攻されました。2007年にリンパ球バンクの代表取締役社長に就任しています。

ナチュラルキラー細胞(NK細胞)を体外で培養して治療する自由診療についてです。

図解免疫療法

内容

私たちの体の中にはナチュラルキラー細胞(NK細胞)と呼ばれている免疫細胞がいます。この細胞は活性が高ければ出会ったその場でがん細胞を瞬殺し、体内のいたるところにいて全身におおよそ1000億個ほど存在します。1cm大の腫瘍にいるがん細胞はおおむね10億個ほど。体内にいるNK細胞軍団の手にかかればあっという間に殲滅できるはずです。

がん細胞はNK細胞を眠らせようと非常に複雑な免疫制御システムにニセ信号を送り、だまされた正常細胞が自ら免疫抑制をかけてしまいます。なのでがんはNK活性低下病とも言えます。

多くの細胞にはMHCクラスⅠという表面物質があり、NK細胞はこれを失った細胞だけを異常と認識し攻撃すると広く誤解されていますが、研究用など特殊な条件で培養されたNK細胞に見られる特徴で、体内のNK細胞には当てはまらず、MHCクラスⅠを持つがん細胞でも殺傷します。

人間の体から採り出したNK細胞を適切に培養して活性化すると、今のところ殺せないがん細胞は見つかっていません。しかしNK細胞をなかなか目覚めず、激甚な急性感染症など致死レベルの刺激で仰天させないとNK細胞は覚醒してくれません。

19世紀末から20世紀の初頭にかけて米国のウイリアム・コーリー医師が、がん患者さんに激烈な急性感染症を起こす病原体を強制感染させる治療をしたことがあり、コーリーの毒と呼ばれました。劇的に効果を発揮しがんが治ったような状態になる人もいた一方、感染症でなくなってしまう人も続出して治療は中止されました。一部の専門科はこれを破る方法として免疫抑制が及ばない体の外に免疫細胞を取り出し活性の高い軍団に育て上げればいいのではないかと考え、こうして免疫細胞療法が考案されましたが、NK細胞の制御システムは複雑で、体の外というシンプルな環境で確実にNK細胞軍団を育成するのが現状最も理にかなっている手法です。

 

1970年から始まった免疫療法は、すでに見つかっていたT細胞や様々な名称で呼ばれていた樹状細胞をいじってもがん細胞を攻撃するパワーはわずかしかなく、NK細胞はまだ見つかっていませんでした。そのうちにどんながん細胞にも出会ったその場で傷害する癌退治の本命がいることがわかり、1975年ナチュラルキラー細胞(NK細胞)と名づけられました。

T細胞は感染症免疫の主役で、樹状細胞は自然免疫系に属しますが、感染症を認識しT細胞などに出動を促すのが主な役割です。どちらもがんにはあまり反応しません。T細胞のうち標的細胞に体当たり攻撃をかけるキラーT細胞(CTL)には無数のサブタイプがあります。侵入してきた外敵と型が合うものは急激に増殖し、同じ相手に2度目はやられないので獲得免疫と呼ばれてきました。特定のがん細胞だけを攻撃するCTLもいますが、数はごくわずかで、少しでも型が異なるがん細胞には見向きもしません、正常細胞を攻撃するものもある程度残っており、漠然とCTLを活性化すると正常組織も傷害されます。

NK細胞は刺激が強すぎると自爆してしまい培養が困難でした。そこで米国政府は巨額予算を投じて、患者さんの血液を透析のような装置を使って体外循環させ、3日間延べ50Lの血液から免疫細胞を分離し、その中に含まれる数十億個のNK細胞にインターロイキン2(IL-2)で刺激を加えて体内に戻すことでがんを叩かせようとしたLAK療法を実施したところ、進行がんの患者さん数百人全員に何らかの効果が見られました。しかしこの治療では腫瘍組織が壊死して死滅した細胞内から大量のカリウムやリンが放出され、重篤な場合心停止や腎不全に至るリスクがあり、通常ではありえない規模の設備と人員が投入されたので、同じ規模で再度実施するのは無理で、日本では大幅にスケールダウンしたLAK療法の追試が行われましたがうまくいかず、LAK療法は当初言われていたほど効果はないという風評が広がってしまいました。

その後日本人研究者が実用化したANK療法はNK細胞を活性化増殖させ、LAK療法を凌駕する数と活性を与えることに成功します。ANK療法の採血量はLAK療法の10分の1です。活性化・増殖したNK細胞は凍結保管され、点滴のつど融解・再活性化する熟練の技術で投与を可能にしました。NK細胞は原則週2回ずつ12回に分けて点滴し、これが1クールという治療単位で、必要に応じて何クールか繰り返すこともあります。治療費は1クール400万円台前半です。通常100億個レベルを目標にNK細胞を培養し、12回に分けて1回10億個を超えないように点滴投与します。NK細胞が傷んでいたり、数が少ない場合は少量の培養で1-2回点滴した直後にNK細胞を採取して培養に回します。高活性NK細胞を一度点滴するだけでも体内の免疫の状態は目覚ましく改善し、より培養しやすいNK細胞が採取できるからです。分けて投与するのは崩壊したがん細胞の物質が一気に体液に溶け出し、心停止や腎不全などのショック症状を起こす恐れがあるためです。点滴時に発熱などの反応を伴いますが、一度でもANK療法の点滴を行えば体内の免疫細胞の状態は格段に改善され、点滴後の発熱は2回目、3回目以降は通常ずっと穏やかになります。一般の免疫療法では採血時NK細胞は50万個レベルで、2週間培養後で500万個レベルです。NK細胞さえ動かせばほかの細胞は後から自然についてくるので、ANK療法さえ受ければほかの免疫細胞治療を受ける意味はありません。

ANK療法を受けるとほとんどの方が発熱し、通常はその日のうちに熱は下がります。脱水症状にならないように事前に十分な水分とミネラルなどを補給していれば大丈夫です。発熱時は冷たいもので物理的に冷やすことが基本で、解熱剤の多くは免疫を下げる作用があり、原則使わない方がいいのですが、弱い解熱剤を渡されることはあります。基本的には癌腫を問わず、肉腫のような特殊な種類も、白血病でも治療実績はあります。脳の中にはNK細胞が入りにくいため、ANK療法単独での治療は行われませんが、サイバーナイフなどの局所療法を実施後半年以内にするなど工夫ができれば治療可能で、年齢に上限はないですが、小さなお子様は体液量が少なく聞き分けの問題で治療困難な場合があります。白血病の場合がん細胞が混入することがあり、あまりに多いと治療できないことがあります。

標準療法か免疫療法か選ぶのではなく、併用することも考えます。標準治療でがんを追い詰めANK療法でとどめを刺すことが治療設計の理想的な基本形です。標準治療のうち抗がん剤はNK細胞を痛めつけるため時期をずらす必要はありますが、分子標的薬やホルモン療法とは同時併用できる場合が多いです。免疫チェックポイント阻害剤との併用には適していません。

以前からがんの治療は免疫を中心に開発が進められ、ADCC活性と呼ばれるNK細胞の傷害効率を高める作用を持つものの開発が優先されています。IL-2のように免疫を刺激しNK細胞を活性化させる物質を大量に投与すれば体の中のがん細胞を一掃できることがわかり、1980年代にIL-2やインターフェロンを体内に投与するサイトカイン療法が脚光を浴びましたが、副作用が激しすぎて亡くなる方も続出して投与量が抑えられ、そこそこの役割を持つ薬という位置にとどまりました。NK細胞の活性を低下させる強力な免疫抑制物質TGF-βの作用を封じ込める薬なども開発されましたが、副作用が激しすぎて実用化に至りませんでした。

現在保険診療で使用されている免疫チェックポイント阻害剤は、T細胞を漠然と目覚めさせるため、標的さえあれば正常細胞も攻撃してしまい、重篤な自己免疫疾患を起こしてしまいます。NK細胞はそれほど目覚めてくれませんので、NK細胞を目覚めさせる免疫の薬が現在開発されています。

CAR-T療法は日本で2019年に保険適応となりましたが、患者さんからリンパ球を採りだしてT細胞に遺伝子改変を行い、増殖させてから点滴に体内に戻す治療で、CD-19という標的として認識しています。CD-19は抗体を作るB細胞という免疫細胞に発現し、B細胞が変異したがん細胞に対して効果が得られますが、正常なB細胞もCD-19が発現しているために攻撃を受け、抗体を作る免疫細胞が減り感染症にかかるリスクが高くなってしまいます。また全身に過剰な炎症反応が起こるサイトカイン放出症候群のリスクもあり、治療により7-8割は寛解しますが3-4割は1年以内に再発するといわれています。費用は1回の点滴で3300万円しますが、莫大な開発費と申請費用と培養原価があるのでこんな費用になってしまいます。

がんワクチンが開発されていますが、ワクチンにより樹状細胞にがん情報を認識させ、その目印を攻撃するCTLを体内で誘導させると称しています。樹状細胞は感染症免疫の司令塔であり、がん免疫においても指令塔としてCTLを誘導すると思ったら錯覚です。がん細胞は外敵ではなく自分の細胞なので、正常な細胞との違いを見分けるのは非常に大変なのです。

食事療法について、こうやると免疫が上がるという話は枚挙にいとまがありませんが、健康法の数々とがん免疫にはほとんど関係なく根拠がありません。がん治療が時間との闘いであることを考えると、食事療法で治療機会を先延ばしてしまう危険もあります。食事を治療ととらえる極端な栄養制限などをすると免疫細胞の方が先にへばってしまいます。多くの部位では正常細胞の方ががん細胞より糖分の取り込み量が多く、糖質制限でがんが治るは科学的事実に反したお話しです。がんに肉が悪いというのも誤解で、免疫は動物性たんぱく質を求める方が世界の常識です。肉を食べない人は血性アルブミン値が低くなり、体内の実質的な水分不足に陥り発熱にも弱くなります。必要な栄養はしっかり摂っていただきたいです。

 

感想

ナチュラルキラー細胞(NK細胞)を培養して治療する方法で、1クールで400万円かかることもありかなり期待したい治療法ではありますが、治療成績はどうなんでしょう。奏功例は本の中にも書いてあるのですが、投与症例数と奏功した症例数、治癒した症例数、再発した症例数など具体的に示してほしいですね。またどんな癌腫で効果が高いかなどもあれば患者さんにも提示しやすくなると思います。

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