著者紹介
この本は筑摩書房で発送された初版2022年6月10日の本です。著者は永田理希氏で1999年東邦大学卒業され、2008年から開業され、感染症倶楽部を創設されて講演活動をされているようです。
間違いだらけの風邪診療
内容
ウイルスは増殖することができず、他の個体への感染が生き残るための必須条件で、ヒトへの感染力はウイルスにより異なります。感染力とはヒトからヒトへ移る力の程度で、基本再生産数(アール・ノートといいます)という数値で表します。一人が感染すると平均して何人くらいに感染させるかを示し、はしかと百日咳が最高で16-21人、おたふくが11-14人、水疱瘡が8-10人、風疹7-9人、インフルエンザと初期のCOVID-19が2-3人でした。COVID-19はオミクロン株のときは、はしかなみに多くなりました。
感染症の恐ろしさは致死率で示され、最も高いのはエボラ出血熱で50%程度、はしかは0.2%程度でインフルエンザは0.006-0.09%、COVID-19はデルタ株時で3-4%でした。
風邪は基本再生産数が2.0人・致死率は0.02%程度です。風邪は複数の臓器症状を認め、ウイルスによって異なります。
風邪と細菌感染を見極める必要があるのは、細菌感染症は抗菌薬(抗生物質)という直接やっつける治療薬があり、適切に使用することにより治癒して重症化を防ぐことができるからです。風邪には抗菌薬は効果がなく、細菌感染への予防効果もなく耐性菌を生じ、細菌感染症となったときに原因菌が特定できず治療が困難になり、下痢やアナフィラキシーなどの副作用の懸念もあり、風邪への抗生剤はデメリットしかありません。
風邪だけど一応念のための抗菌薬処方というのは感染症診療にアバウトだった昭和時代の悪しき慣習を続けているヤブ医者処方箋です。
風邪症状で医者にかかる目的は、風邪症状が風邪か風邪ではないのかを診断してもらうことにありますので、見極められる医者に相談することに尽きます。
採血検査で風邪を見極められるかについては白血球やCRPというマーカーでは判断できません。
問診・視診・触診・聴診4つの診ることにより見極められ、丁寧な詳細な問診で80%の診断、診察が加わり90%となり、採血や画像検査では残りの10%程度にすぎません。
外来診療は医師1人が診察室という閉じた空間で行うものであるがゆえにアップデートの必要性に気づくことが難しいブラックボックスになりやすいです。
2020年にインターネットで実施された調査では風邪薬には風邪ウイルスをやっつける効果があると65%の人が回答されました。
鼻かぜに抗ヒスタミン薬は第一世代のみ最初の1-2日だけわずかに改善させるかもしれない程度で副作用もかなりあります。二世代以降の抗ヒスタミン薬は全く効果がないとされています。去痰薬も鼻炎軽減効果はありません。
のど風邪にトラネキサム酸がよく処方されますが、抗炎症の十分な効果は示されてなく、デメリットのほうが大きいです。トローチは消毒薬と抗菌薬を飴にしたもので、ウイルスは組織細胞に感染してのどの粘膜表面にはいないので効果はありません。
うがいは少しなら効果がありポピドンヨードより水道水のほうが効果が高いと報告され、うがいは水道水20mlで15秒を3回で1セットとして1日3セットでされています。緑茶や紅茶がいいという報告もありますが水道水との比較はされていません。
咳かぜに対してほとんどの鎮咳薬は効果がなく効果よりもデメリットが勝るとされています。少し効果が期待できるのはコデインリン酸塩とデキストロメトルファン臭化水素酸塩酸和物があるものの、前者はデメリットのほうが大きく後者も効果は弱いです。気管支拡張薬も効果ありません。咳喘息は3週間以内でおさまる場合は疑うことのない病気ですが、何でもかんでも咳喘息としてステロイドと気管支拡張薬の吸入薬を処方されることも多いです。去痰薬も咳症状を和らげるエビデンスはなく、COPDの増悪を防ぐエビデンスはあります。ロイコトリエン受容体拮抗薬も気管支喘息とアレルギー性鼻炎の薬で、風邪の咳には効果がありません。はちみつは去痰剤や抗ヒスタミン薬より効果があり、証に基づいた漢方薬もメリットがデメリットに勝るともいわれています。
発熱は防御反応ですが過度な防御反応となる高熱は治癒効果を下げる解熱薬が使用され、38度以上とかに決めず、辛すぎるときだけ頓服としての使用となります。アセトアミノフェンは体重1kgあたり10-15mgが必要量のため、体重50kgの人は500-750mgとなります。熱に対して体を冷やすクーリングも医学的に解熱効果はないですがそれで気持ちよくなるのであればやっても構いません。首の周り、わきの下、股の間を冷やす3点クーリングも医療機関で多用されていましたが、医学的に効果なく酸素消費量が増えデメリットが勝るとされています。
総合感冒薬もデメリットが勝る薬です。市販の風邪薬には危険な成分が入っている場合もあり、大量に服用するとトリップ状態になることがあります。
ビタミンCの点滴は風邪のつらい症状を10-20%軽減するといわれ1000-2000mg必要ですが、3000-4000mg以上となると下痢・腹痛・吐き気が出る可能性があります。腎臓の病気があると尿管結石のリスクもあります。
ビタミンDは免疫機能を高める効果があり、1日50ug(2000IU)摂取が必要でそれ以上は脂溶性ビタミンのため排泄がよくなく50ugの摂取を基本量とすべきです。
亜鉛にも免疫機能を高める効果があり、高齢者や糖尿病の方は数値が低いといわれており、風邪の発症24時間以内に1日75mg以上摂取で早期治癒や症状軽減や、毎日10mg摂取で風邪の予防効果あるとの報告もありますが、変わらないという報告もあります。1日50mgを5日以内なら副作用はないですが過剰摂取は貧血や免疫能低下などが出ることもあります。
点滴は水分摂取ができない脱水状態なら効果がありますが、それ以外はないです。
漢方薬は上手に使用すればメリットが勝ると考えられます。
マスクは効果があるという報告が出てきましたが、2歳未満はリスク高くやめたほうがいいです。フェイスシールドやマウスシールドは効果なく、ウレタンマスクも効果は半分で不織布が最も効果が高いです。
手洗いはしっかり石鹸で洗い、しっかり乾燥させ、正しく消毒薬を使うことです。アルコールは70-80%が最も消毒効果が高く、アルコール濃度が高すぎてもだめです。風邪のウイルスの種類によってはアルコールが効かないことがあり、手洗いでしっかり流すことが重要になります。
インフルエンザは潜伏期間が2-3日(最大4日)で症状が発現する1日前から発症後3-5日間に感染力があり、抗インフルエンザ薬が使用可能です。
タミフルは以前10代の人が摂取すると異常行動する可能性があり投与を見合わせた時期もありましたが、2018年5月からは使用制限がなくなりました。イナビルやリレンザの吸入薬は気管支を攣縮させる可能性があり、気管支喘息やCOPDの人には投与は避けるべきで、乳糖が含まれるので牛乳アレルギーの人には禁忌です。
ゾフルーザは鉄剤やMg製剤などと同時服用するとキレート作用を起こすことがあります。
漢方薬は麻黄湯が効果があるとされています。
インフルエンザワクチンはその年の流行株にもよりますが、50-60%感染を防ぎ、A香港型に対しては効果が乏しいです。また重症率・入院率・死亡率を約50%低下させます。
風邪に似た急性気道感染症は細菌が原因のこともある感染症で、細菌感染の場合は抗菌薬の使用も考慮されますが、上気道の急性細菌性感染症の90%は抗菌薬不要です。
副鼻腔炎についてほとんどは自然に1-2週間で治癒するため抗菌薬は不要で、90%は風邪の時に副鼻腔粘膜に炎症を認めますが、細菌性副鼻腔炎の合併は成人で0.5-2%、抗菌薬が必要なケースは1%程度です。
急性咽頭(扁桃)炎の90%はウイルス性で抗菌薬不要で、細菌性の多くはA群β溶連菌であり、視診・触診で溶連菌感染が疑われた場合咽頭を綿棒で擦過して検査をして溶連菌陽性となれば溶連菌感染として抗菌薬投与を考慮します。抗菌薬にて症状の緩和や治癒までの日数軽減が期待できます。発熱や咽頭症状はあるも咳や鼻症状が乏しいことが溶連菌感染を疑う根拠となります。抗菌薬はペニシリン系のアモキシシリンが推奨されます。
咳が激しく長引くことのある急性気管支炎も基本的には原因微生物はウイルスがほとんどであり抗菌薬は不要です。
肺炎は原因微生物によりおおよそ細菌性、ウイルス性、以上2つの中間的な性質を持つ非定型肺炎の3つに分けられます。高齢者は呼吸回数が増える、意識障害が症状のことが多いです。
細菌性肺炎では聴診で異常な音がするのは50%程度です。マイコプラズマなどの非定型肺炎では聴診では60%程度異常が認められません。胸部X線では観察者により60-80%異常が認められます。
肺炎を見極めるのに一番重要なバイタルサインは呼吸数です。成人においては呼吸数1分あたり24-25回で肺炎を疑い、28回以上では肺炎の可能性が高くなります。30回以上だと重症の肺炎で死亡率が上がるといわれています。
マイコプラズマ肺炎は初発症状は発熱、全身倦怠感、頭痛で、発症から3-5日目ころから咳が始まります。当初は痰が絡まない乾いた咳で、その後痰の絡んだ咳となり、解熱してから3-4週間と長く続く特徴があります。幼児は例外ですが鼻炎症状はないことが多いです。家族伝播が30%程度ありますが15-55%は無症状(不顕性感染)です。肺炎になっても軽症のことが多く、高熱を伴わない軽症の肺炎であれば抗菌薬不要という専門家もいます。
風邪は何科を受診すればいいかということですが、医院が掲げている看板(標榜科)が何科であろうと見極めができる医師にかかるべきで診療科はあまりあてになりません。見極めができる医師というのは風邪やその類似症状の出る病気や合併症について知識と経験があり、日々アップデートし続ける医師のことを指します。
その他中耳炎についても書かれてありましたが小児の疾患でありここでは割愛しました。
感想
風邪の時に医師が処方しやすい薬について、エビデンスを提示されながらその必要性についてわかりやすく説明されていました。それを順守すると解熱剤くらいしか処方できなくなり、本当はそれでいいのでしょうけど、薬を強く希望される患者も多く、抗菌薬は処方しませんが鎮咳薬や去痰剤は処方すること多いですね。咳喘息は感染を契機に咳発作が出ることあるので、3週間待たずに早めに見極めて吸入ステロイド剤などは使用すべきと思いました。