重粒子線治療・陽子線治療完全ガイドブック

はじめに・編集協力者紹介

2016年7月27日初版の、研友企画出版から発刊された本で、辻比呂志氏と櫻井英幸氏が編集協力されています。辻氏は量子科学技術研究開発機構の重粒子線治療研究部部長で、櫻井氏は筑波大学医学医療系放射線腫瘍学教授であられます。

重粒子線治療・陽子線治療完全ガイドブック

内容
放射線治療には大きく分けてX線やガンマ線などによる光子線治療と重粒子線や陽子線による粒子線治療があります。X線やガンマ線は体表面近くがエネルギー最大となり、体の奥はいるほどエネルギーが減少して体を突き抜けていくので、病巣に十分なダメージを与えようとすると正常細胞にも少なからずダメージを与えてしまう難点がありました。粒子線は体の外から照射しても一定の深さでエネルギーが最大となり、そこで停止します。
がん治療に用いられる重粒子線は炭素の原子核を利用しています。陽子線は水素の原子核が高速で飛んでいるものです。重粒子線は陽子線の2~3倍の攻撃力がありますが、質量が重い分狙いたい方向に曲げにくく陽子線と比べ照射できる方向が限定されます。癌の形や位置に合わせてビームを発射しているので、正常な臓器や組織への影響が最小限に抑えられます。

重粒子線治療と陽子線治療は安全性と一定の効果が期待できるとされ、先進医療に認可されました。骨軟部腫瘍に対する重粒子線治療と、小児がんに対する陽子線治療については2016年4月から健康保険が適用になりました。日本放射線腫瘍学会では間の疾患別に統一した治療方針を定め、どこの施設でも共通した治療が受けられるよう連携を進めています。治療自体にかかる費用は全額患者さんの負担となりますが、治療に伴って必要な診察・検査・入院・薬代などについては通常の保険診療と同様健康保険を使えます。

重粒子線治療が使える主ながんの部位は、頭頚部腫瘍、肺癌、肝癌、膵癌、子宮癌、直腸癌、眼球腫瘍、涙腺癌、食道癌などになります。患者さんが癌と認識していることが必要で、腫瘍の最大径が15cmを超えないなど細かな決まりがあります。施設により異なりますが費用は288~350万円です。受けることが決まったらCTやMRI検査により癌の正確な位置や大きさを確認し、体の動きやずれを少なくして毎回同じ姿勢が取れるように、患者さんに合わせて身体を固定するプラスチック製などの固定具を製作します(その製作に7-10日かかります)。治療は位置合わせに15分ほどかかりますが、その後照射は垂直方向と水平方向の2方向から行い、治療台を20度ずつ傾けることで計4方向から照射できます。施設によってはあらゆる方向からできる設備もあります。照射は1日1回で週に5日間、1回の治療時間は数分から10分です。照射回数はがんの種類や病気などによって異なります。短いもので1週間で、3~4週間の場合が多く、長いものでも5週間となり原則入院が必要な施設や通院の可能な施設があります。早期の肺癌では3年の局所制御率は90%以上で、肝癌では85-95%、前立腺癌ではほぼ100%となっています。合併症は照射部位にもよりますが、以前は半年後~数年後に潰瘍や穿孔が見られることもありましたが、様々な工夫により減ってきています。ほかの放射線治療と組み合わせることは難しいですが、手術や化学療法と併用もされています。日本の重粒子線治療の症例数は世界全体の85%以上を占めています。

肺癌について、小細胞肺癌は対象にならず、非小細胞肺癌のⅠ期、Ⅱ期、Ⅲ期の一部が適用で、手術できない・受けたくない、病名告知され本人に同意能力がある、活動性の重複癌がない、歩行や身の回りのことができる、以前に同部位に放射線治療を受けていない、重粒子線治療前の4週間以内に化学療法を受けていない、照射部位に活動性の肺結核などの難治性感染症や間質性肺炎を合併していない、ことが条件となります。Ⅰ期の末梢型肺癌に対しては1日1回照射で終了し、早期肺門型肺癌は末梢型よりも低い線量の50.4グレイ3週9回照射します。Ⅱ期や縦隔リンパ節転移1か所で2cm以下のⅢ期や、肺尖部に発生するパンコースト型腫瘍、縦隔型肺癌の方にも4週16回照射により局所制御率87.8%、5年生存率55.3%と手術に匹敵する成績が得られています。

陽子線治療は重粒子線より少し安価で実施施設数も多いです。基本的な条件として多臓器へ転移がなく病巣が狭い範囲に限られている、以前に同部位に放射線治療を受けていない、同じ姿勢で30分横になって動かないでいられる、病名告知され本人に治療を受ける意思がある、などがあり、肝癌、前立腺癌、肺癌、食道癌、頭頚部癌、脳腫瘍、頭蓋底腫瘍、小児癌、骨軟部腫瘍などが主な対象で、施設により若干異なります。費用は250~315万円と施設により異なり、照射回数によって費用が変わる施設もあります。重粒子線と同様CTなどでがんの位置や大きさを確認し、治療台に横になって固定具を装着して治療をします。位置決めは10~30分かけ、位置が決まってからは数分程度の照射で終了します。あらゆる方向から照射ができます。照射は1日1回週5日で、2~8週間かかります。肺癌では2~7週間かかります。基本的には通院可能です。一般的には合併症は少ないですが、照射した部位の皮膚炎や周辺臓器の炎症などを起こすことがあります。化学療法やホルモン療法、手術やX線またはIMRT(強度変調放射線治療)と組み合わせる場合もあります。現在日本では年間300例程度で、重粒子線は200例程度で、放射線治療全体の約2%実施しています。子供と大人では子供の方がより多くの影響を受けるので、晩期障害を考えると小児がんには陽子線治療が望ましく、健康保険の適用が認められました。

ホウ素中性子補足療法(BNCT)は放射線治療の新しい治療法で、現在限られた施設で臨床試験が行われていますが、従来の放射線治療に比べて合併症が少なく、治療自体は1回の照射で終わります。ホウ素は点滴で体内に入れるとがん細胞だけにとりこまれ、正常細胞にはほとんど取り込まれることのないように合成したものを使用します。ホウ素薬剤の点滴後、体外からエネルギーの低い中性子線を当てると、がん細胞に取り込まれたホウ素と中性子が核分裂反応を起こし、強力な細胞殺傷能力を持つリチウム線とヘリウム線という二つの放射線を発します。リチウム線とヘリウム線は正反対の方向に進みますが、進む距離の合計はほんのわずかで、細胞の一つ分の大きさにおさまる約14ミクロンで、細胞の外へは出ていきません。がん細胞と正常細胞が混在している脳腫瘍や頭頚部癌で比較的多くの治療実績がありますが、肺癌などでも治療が行われています。エネルギーの低い中性子線は体の奥には到達しないため体の浅い位置にある癌の治療に適しています。年齢は原則85歳以下で、90分間静止状態を保てることが条件です。

感想
先進医療として承認されている重粒子線・陽子線治療ですが、実施可能な施設が限られ費用も高額なため、これまでにその施設に紹介した患者さんはいませんので、具体的な治療適応などは知らないことが多かったです。より狭い範囲内で高線量の治療ができるため、通常の放射線治療に比べ効果は高く、合併症も少ないことが考えられます。頭頚部癌は部位によっては手術すると発声できなくなりますし、通常の放射線治療も晩期障害として嚥下障害が出てくることも多く、この治療なら嚥下障害の発生も防げるのではないかと期待します。

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