はじめに
日本リンパ浮腫学会編集の本で、2018年以来の第4版となります。顔面や体幹のリンパ浮腫はエビデンスが乏しく対象外となっています。
リンパ浮腫ガイドライン 2024年版
内容
リンパ浮腫の実態は、何らかの理由でリンパ管内に回収されなかったアルブミンなどの蛋白を高濃度に含んだ体液が間質に貯留したものです。
ほとんどの場合は癌手術や放射線照射の既往や外傷歴などの病歴が大きな手がかりとなり、きめ細かい病歴の聴取が重要です。
原発性と続発性に大別され、原発性の多くは思春期に発症し、晩発性は約1割です。家族性発症の疑いがあれば遺伝子スクリーニング検査の適応となります。
確定診断を得るために最も有用なのはリンパシンチグラフィで、インドシアニングリーン(ICG)を用いた蛍光リンパ管造影は赤外線カメラシステムにより、体表から2cm程度の深さまでならリンパ管の走行や機能運動を観察でき、リンパ管の弁逆流に伴うdermal backflowはリンパ浮腫に特有の所見です。その他超音波検査や生体インピーダンスを応用したリンパ浮腫診断機器もありますが、2024年2月時点では保険収載されているのはリンパシンチグラフィのみです。
リンパ浮腫の診療について、診断、リンパ浮腫指導管理、セルフケア指導、治療効果の評価などは、医師、看護師、理学・作業療法士の資格を有して、座学33時間以上の研修をして修了試験に合格した者によって行われ、複合的治療を行うに当たっての弾性包帯や用手的リンパドレナージの施術等は、指導要綱に沿って座学33時間・実習67時間の以上の研修をして修了試験に合格した者が実施しなくてはいけません。
リンパ浮腫の病期分類は複数存在しますが、国際リンパ学会(ISL)分類を用います。公式の重症度分類は存在せず、評価の基準は施設によって異なっているのが現状です。四肢の測定法は生体インピーダンス法やペロメーター(赤外線法)もありますが、有用性やコストと簡便性の問題から導入は推奨できず、体積置換法は上肢においては高い信頼性と妥当性が報告されていますが簡便とは言い難いです。日常で最も汎用されている周径測定法は体積置換法とほぼ同等の信頼性と妥当性が認められるため、最も有用な四肢測定方法に位置付けられています。両側四肢のいずれかの部位で2cm以上の左右差が出れば臨床的に有意と判断できるという従来の基準も、左右差ではなく治療前の周径を把握し、治療後は同側同部位についての比較観察をして、そのカットオフ値を1cmとすることが望ましいとされます。日本乳癌学会班研究では健常人の四肢の周径左右差は平均3-8mmでした。本ガイドラインでは、上肢ではMP関節、手関節周囲、肘窩線を挟み末梢側5cm・中枢側10cmの4部位、下肢では足骨遠位側、足関節周囲、膝窩線を挟み末梢側5cm・中枢側10cm、大腿根部の5部位を計測部と規定しています。皮膚の変化を伴えばⅢ期で、早期の治療で蜂窩織炎の抑止につながります。下肢リンパ浮腫の評価には閉塞性動脈疾患の除外が必要で、閉塞症があれば圧迫療法は禁忌か着圧レベルを下げる必要があります。深部静脈血栓症(DVT)についてもスクリーニングが必要の場合もあり、D-Dimerの測定が推奨されます。急性DVTが強く疑われる場合は、圧迫療法はせず静脈エコーなどの画像検査をします。疼痛の評価も行い、痛みの種類により効果的な治療戦略は異なります。
治療の目的はリンパ経路に生じた領域的なうっ滞を解消することにより、組織間隙に貯留する体液をリンパ管に回収することです。効果的に治療するには、患者の治療歴や原発巣の状態、ライフスタイルや理解力・嗜好・経済状態など種々の因子を考慮して、テーラーメイドの診療を模索する必要があります。セルフケアの寄与も大きく、患者本人や介護者への教育にも注力しなくてはいけません。標準的な複合的治療は、弾性着衣・多層包帯法による圧迫、スキンケア、圧迫下の運動、用手的リンパドレナージ、セルフケア指導が基本となります。線維化を伴わない初期の場合では弾性着衣の装着のみで外来通院で経過をみることが十分可能です。線維化が進んで腫大や変形が著明な場合などは入院による集中治療が適していて、2-4週間実施されることが多いです。一定期間で治療効果が上がらない場合、原因をチームで分析し、患者や介護者の満足度や治療意欲も勘案します。
四肢形状の変形がないISL Ⅰ~Ⅲ期のリンパ浮腫は弾性着衣の良い適応です。着圧は原則30mmHg以上とされていますが、理由を銘記すれば20mmHg以上の弾性着衣を処方することもできます。下肢は30-40mmHgが効果的とされていますが、より低圧でも効果が得られた報告も多く、実際に患者自身が装着するのを確認しながら指導を行います。弾性着衣の装着開始後は約4週間後に効果を評価するため診療が必要となりますが、軽症では6か月に1回しか保険診療が認められていません。弾性着衣は経時的に着圧が弱まるため、少なくとも6か月着用したものは交換が必要です。洗濯の仕方で劣化が早まるのでその指導も必要です。リンパ浮腫の病期と上肢・下肢により弾性着衣の推奨圧が異なりますが、各国ごとに規格が異なり、ストッキング以外の弾性着衣に関する規格はありません。弾性着衣は上肢では標準的治療として勧められますが、下肢ではエビデンスが少ないです。
多層包帯法(MLLB)は、四肢の形状に歪曲が生じているか浮腫が著明で弾性着衣の装着が困難なISL Ⅱ期後期以降のリンパ浮腫に対して推奨されます。MLLBは弾性着衣に移行するための一定期間行う治療で、短期間で効果を出せる利点があります。MLLBはエビデンス的に上肢では勧められますが、下肢では質の高いエビデンスは少ないです。
用手的リンパドレナージ(MLD)はリンパ液を標的リンパ節へ向けて排液するのが目的で、皮膚浅層に分布する毛細リンパ管を標的とし、潤滑剤をつけない手掌を患肢の皮膚面に密着させてストレッチするように施術するのが原則です。美容目的のもみだすようなリンパドレナージュとは目的も手技も全く異なり、MLDは通常単独で行われることはありません。MLDに関する質の高い根拠は少なく、上肢下肢ともに慎重に行われるべきです。患者自身や介護者で行われるシンプルリンパドレナージ(SLD)は有効性を示す論文はなく推奨できません。
乳癌関連上肢リンパ浮腫において、特に筋力トレーニングと有酸素運動が予防と治療に有効である報告が増えています。弾性着衣や弾性包帯による圧迫下での荷重運動は有効で、標準化された指針はないですが、予防目的でも発症後でも患肢の運動機能が向上できるため積極的導入が勧められます。婦人科関連下肢リンパ浮腫では、圧迫療法などとの併用という条件付きで推奨されます。
セルフケア(スキンケアと体重)は有効とされますが、標準化には至っていません。スキンケアの目的は皮膚・爪の保清と保湿を維持して感染の危険性を減少させることです。患肢を露出しない習慣づけをして外傷・火傷・虫刺されに注意します。肥満もリンパ浮腫の発症や増悪の一因となります。
外科的治療にリンパ管細静脈吻合術(LVA)、血管柄付きリンパ節移植術(VLNT)、脂肪吸引術、切除減量術などがあり、有効性も報告されていますが、質の高い研究はなく手技の標準化も進んではいません。
カダバーを用いてドレナージに有効なリンパルートのパターンを解明した論文報告に基づいて間欠的空気圧迫療法が開発され、臨床的有用性が示され今後の展開に期待が集まっています。
薬物療法では漢方薬は効果が認められていません。漢方以外では利尿薬、クマリン、フラボンとその誘導体を含むベンゾピロン類は有用性を示す根拠がなく、薬物療法という選択肢はありません。鍼灸治療について、一貫した根拠はなく、血腫などの合併症を伴うことがあるため勧められません。
乳癌手術において、センチネルリンパ節生検により胸郭郭清が省略できる症例もでてきて上肢リンパ浮腫が減少してきましたが、生検だけでもリンパ浮腫を発症する症例もあり、リンパ浮腫の予防をし、発症した際は早期に対応できる体制を整えるべきです。乳房再建術は、リンパ浮腫を改善する報告もあり、再建材料を問わずリンパ浮腫の発症因子とはなりません。乳癌の術後に領域リンパ節への放射線照射をすると患肢のリンパ浮腫発症リスクは高まります。領域リンパ節を含まない放射線照射もリスクが高まる可能性があります。婦人科癌の術後に放射線療法をすると、照射方法によりリスクの程度は異なりますが、下肢のリンパ浮腫の発症リスクが高まります。抗がん剤であるタキサン系の特にドセタキセルは浮腫が起こりやすく、続発性リンパ浮腫発症リスクとなります。
続発性リンパ浮腫の発症や増悪の原因となるものに、患肢からの化学療法と蜂窩織炎が挙げられますが、患肢からの採血・血圧測定は大きな関連はなく、通常輸液も根拠が不十分です。空旅は上肢とは関連がなく、下肢については根拠不十分で、日焼け・熱い風呂への入浴も関連はないとされますが、サウナは関連があるとされています。リスクがある部位への美容的処置は発生リスクがあり、極めて慎重に治療の適応を決めるべきです。
リンパ節を郭清するとリンパ浮腫のリスクが生涯続きますが、発症予防のための弾性着衣は、上肢への手術直後から3か月間1日8時間以上の着用で予防効果が期待できます。下肢でも期待できそうですがはっきりしていません。またMLDやSLDの予防効果もはっきりしていません。