乳酸菌と食物繊維が腸を壊す

著者紹介

2022年10月21日初版の宝島社から発刊された本で著者は宇野良治氏です。宇野氏は北里大学医学部を卒業され、2015年からフリーランスの内視鏡医をされています。

乳酸菌と食物繊維が腸を壊す

内容

過敏性腸症候群(IBS)の診断には国際基準のローマ基準が使われ、2006年にローマⅢ基準が出ました。最近3ヶ月の間に月に3日以上にわたってお腹の痛みや不快感が繰り返し起こり、排便によって症状がやわらぐ、症状とともに排便の回数が変わる、症状とともに便の形状が変わる、のうち2項目以上の特徴を示すものとなっています。2016年にローマⅣ診断基準が公開されましたが、東アジアに多い腹部不快感は削除されたため、ローマⅢ基準を採用すべきとされています。日本消化器学会のガイドラインによればIBS患者は人口の10-15%と言われています。

IBSの原因は腸内細菌叢のバランスです。健常者と比べ、乳酸菌やクロストリジウム菌などが含まれるファーミキューテス門の菌が1.2-3.5倍多くなっています。その他菜食で増えるウェルコミクロビウム門のアッカーマンシア菌が女性で多いです。またIBSの人はpHが低いこともわかっていて、pHが低いと奥の方の腸がうごかなくなり、お尻の近くの腸が痙攣します。

腸の運動が悪くなって腸の筋肉が弛緩する状態をアトニーといい、弛緩性便秘を意味します。頑固な便秘になり下剤を常用するようになり、最終的に下剤中毒にもなりかねません。アトニーは胃でもおこります。アトニーの原因は食物繊維と関係があります。腸内細菌は食物繊維を食べて短鎖脂肪酸を作り腸の粘膜を健康にさせますが、難消化性の繊維質を大量に摂るなど大腸で急激な発酵が進むような状況では、コハク酸や乳酸などが大量に作られることもあります。日本のIBS患者の腸内には乳酸桿菌とベイロネラ菌が多く、酢酸とプロピオン酸という強力な酸性の短鎖脂肪酸を作り、良い脂肪酸を作る邪魔をします。

TRPV1という辛さを伝える神経がありますが、腸の中が酸性に傾くと肥満細胞が活性化されてヒスタミンなどが増加してTRPV1により痛みが増強されます。TRPV1は辛み成分でも活性化されます。IBS患者のお腹の中ではTRPV1が働きすぎているのでしょう。働きを抑えるには辛いスパイスを摂らない、腸内をアルカリ性に保つ食生活が大事です。

IBSではビフィズス菌は増えたり減ったりしていますが、乳酸菌は常に増加しています。2021年に滋賀医科大学のチームが機能性便秘の人の腸内細菌を調べ、アリステイペス菌という食物繊維をエサにして増える菌が多かったと報告しました。アリステイペス菌はうつ病に関連しているという報告もあります。

プロバイオティクスとは1989年に定義された言葉で、腸内細菌叢のバランスを改善することにより、人に有益な作用をもたらす生きた微生物です。便秘に対してのプロバイオティクスは、腸内細菌叢の組成に変化はさせないものの効果がありましたが、ヨーグルトに乳糖が入っていて、乳糖の高浸透圧作用による下剤みたいな作用で便が軟化した影響です、ヨーグルトを食べ続けると初めは排便回数が増えますが、次第にガス症状や腹部不快が生じ、やがて便秘がひどくなります。日本人はビフィズス菌が多く、乳糖分解酵素が少なく乳糖をエサとするビフィズス菌が増加している可能性が高いと言われていますが、中国人は乳糖分解酵素は少ないもののビフィズス菌は多くありません。炎症性腸疾患の糞便と生検サンプルの検査結果から健常者よりもビフィズス菌と乳酸桿菌が多いことがわかりました。ビフィズス菌や乳酸菌が善玉菌という考え方は、赤ちゃんの腸内にビフィズス菌や乳酸菌が多く加齢とともに減っていくことがありますが、赤ちゃんと大人は腸内環境が違いますので、医学的におかしな話ということです。

腸内がアルカリ性に傾いた高齢者にビフィズス菌と乳酸菌を飲ませた結果が報告されましたが、感染症のリスクと死亡率は飲まなかった人とまったく同じでした。

一般的にプロバイオティクスを服用した場合その細菌が胃で生存できる率は20-40%であると言われています。プレバイオティクスは善玉菌を増やす食品を食べて腸内環境を整えようとする考え方で、オリゴ糖を含む食品でビフィズス菌を増やすことなどです。様々な研究でプレバイオティクスは幼児では不快な気分を訴える人が多く、IBSでは腹痛・腹部膨満・鼓腸などみられて逆効果でした。2020年アメリカ消化器病学会はIBS、潰瘍性大腸炎、クローン病でのプロバイオティクスの使用は推奨しないと決定しました。

乳酸菌とは乳酸を産生する菌を意味し、細菌学的にはファーミキューテス門のバチリ網の中のラクトバチラレス目を乳酸菌とよんでいます。その中にアエロコックス科、カルノバクテリウム科、エンテロコッカス科、乳酸桿菌科、ロイコノストック科、レンサ球菌科の6科あり、乳酸桿菌科が乳酸桿菌を意味します。

マウスやラットでの乳酸菌は腸内細菌叢では2番目に多く主流ですが、人間では0.1%にしかいないのです。食道腺ガンの半数で、乳酸菌がガン細胞やその周辺組織で発見されました。ガン細胞は酸性の環境が大好きで、乳酸菌が酸性の環境を作ると増殖しやすくなると考えられています。すい臓ガンの組織には乳酸桿菌が多く、ヤセ菌といわれるアッカーマンシア菌もガン組織に多いのです。また乳酸桿菌がすい臓ガンの免疫力を弱めると報告もされました。

乳酸菌の一種のカゼイ菌を使った薬があり、膀胱ガンと乳ガンの発症抑制効果もあると報告された薬が発売されていて、現在は発売中止となりましたが、長期服用の調査が報告されました。膀胱ガンに明確な効果は認めず、すい臓ガンの発症率が1.59%で、0.02%以下とされる自然発生率と比べて明らかに高い結果でした。オランダからランセット誌に報告されたものでは、すい炎患者に対するプロバイオティクス投与は死亡率がおよそ3倍で、腸虚血を発症していました。

 

乳酸菌は酸性に強く胃に定着します。韓国からの報告でも胃ガン患者は乳酸菌とベイロネラ菌が多いと報告されました。乳酸桿菌が胃内の細菌叢を破壊して腸内細菌叢失調の環境で、細胞の遺伝子異常が引き起こされ、ガンが増殖していきます。乳酸菌がガン細胞の遺伝子異常を起こすには塩分が必要です。塩分と乳酸菌といえばアジアの場合漬物で、漬物の摂取量と胃ガンのリスクに相関がありました。

乳酸菌で免疫力が上がるといわれますが、体の中で免疫反応を起こすためには乳酸菌が組織に入らなくてはなりませんが、一般的に細菌は腸の組織内部に入り込むことはできません。

脳の霧(ブレインフォグ)について、新型コロナの合併症でもみられますが、3ヶ月以上の精神錯乱、短期記憶の低下、集中力の低下などがおきます。この原因はD-乳酸アシドーシスで、乳酸桿菌で生じます。小腸で吸収されなかった炭水化物の急速な発酵が起こり、ガスが増加してD-乳酸が産生されます。それが肝臓で処理能力を超えるとアシドーシスになり脳の霧となります。自閉スペクトラム症の子どもたちの糞便に乳酸菌が増えていることがスロバキアで見つかり、腸内細菌叢にはビフィズス菌が少なく乳酸桿菌が多いと報告されました。母親がIBSの場合子どもが自閉スペクトラム症になる確率は67% 増加します。その理由は乳製品などの摂りすぎやプロピオン酸を含む食品が問題とされています。

アッカーマンシア・ムシニフィラは腸内細菌叢全体の0.5-5%で、やせる菌として有名になりました。男性では保有率はほとんど0%で女性にしか期待できません。しかしパーキンソン病患者の腸内細菌叢にアッカーマンシア菌が共通して増加していました。アッカーマンシア菌はIBSの下痢型で減少し便秘型で増加します。

ピロリ菌は胃ガンを引き起こしますが、体全体で考えると病気を予防するはたらきがあります。ピロリ菌が萎縮性胃炎を発症するとpHが上昇し、食道腺ガンになる可能性は低くなります。またピロリ菌がいると喘息やアレルギー疾患が少ないと発表されています。ピロリ菌が減ると胃ガン以外の疾患による死亡率は上昇します。ピロリ菌を除菌した2万人の追跡調査で、10年以上経過した後では胃ガンの抑制効果を認めましたが、除菌直近10年間では胃ガンの抑制効果は見られませんでした。

スウェーデンの報告で、ピロリ菌が減少した胃内で増えていた菌は乳酸菌(レンサ球菌と乳酸桿菌)、ベイロネラ、プレボテラでした。最近ピロリ菌に感染したことのない人の胃カメラで、胃の出口にただれや発赤があるケースが多くなっていることに気づきました。香港の報告ではその炎症部位にレンサ球菌が異常に多いことが確認されました。中国の報告では、胃ガンの人の糞便には乳酸桿菌とレンサ球菌が明らかに多いと報告し、直接胃で増加するだけでなく、腸で乳酸菌が増加することも胃ガンの発症に関与するらしいのです。

最近食物繊維のイヌリンが人気です、イヌリンは1日4.5gまでは安全性に問題ないとの報告があり、イヌリンは短期間ではメタボリックシンドロームを改善させますが、長期摂取で肝臓ガンになる危険があります。

食物繊維は大腸ガンを予防すると言われてきましたが、無関係との研究結果が次々にでています。食物繊維から作られる酪酸などの短鎖脂肪酸は大腸ガンを抑制するという研究もありますが、リスクを高めるという研究もあります。お腹の調子の悪い人は酪酸は避けた方がいいでしょう。

腸内で発酵する糖類をFODMAPといい、低FODMAP食にするとビフィズス菌・乳酸菌とアッカーマンシア菌が激減し、pHは上がります。多すぎた乳酸菌などの発酵菌は減少し健常者の腸内環境に近づきます。難消化のでんぷんレジスタントスターチは小腸内の吸収が遅く血糖値の上昇を抑制しますが、腸内の水分が増えるので低FODMAP食推進の立場から推奨されず、プレバイオティクスとは真逆の解釈となります。高FODMAP食は発酵菌のエサとなり異常な量のガスを発生させ、グラム陰性菌のエサとなりリポ多糖を増やすこともわかってきました。リポ多糖は体の中に入ると免疫反応を過剰に亢進し臓器の機能不全を引き起こします。高FODMAPのプレバイオティクスを続けるとIBSを発症させる可能性があります。

大腸でFODMAPの発酵によるガスが発生すると、短鎖脂肪酸を産生するので右側結腸のpHが低下します。それにより右側結腸の腸管が動かなくなり右側結腸が拡張します。腸内は酸性に傾き左側結腸は収縮を始め、過収縮・痙攣を起こします。血流も悪くなり激しい痛みとなります。この反応が慢性的に繰り返されると乳酸菌のような酸性を好む菌が増加し異常発酵が起こりやすくなります。そうなると粘膜のバリア機能が低下して細菌が体内に侵入し、免疫反応で痛みの神経のTRPV1が活性化して非常に強い痛みに苦しめられます。高FODMAP食だけでなく、アレルギー、アルコール、性ホルモン、ビタミンD欠乏、カプサイシンなどでも発症することもあります。高FODMAP食は太りにくい特質もあり、低FODMAP食は小腸で吸収されて全部エネルギーに変わり太りやすいです。

低FODMAP食にしても排便が得られない人もいて、典型的なのはパーキンソン病の人の便秘ですがIBSの人にもいます、腸が拡張すると腸の中は圧力が低く便は動かないのです。しかし半年から1年くらいガスの産生を抑えると腸の拡張が抑えられて小さくなる人を何人もみてきました。その場合は酸化マグネシウムの併用が有効です。

IBS患者の宿敵の乳酸桿菌を減らすにはアルカリ性の水でできないかと期待しています。胃酸により大腸に届くときには普通の水と変わらなくなるという意見もありますが、韓国の研究で、pH8.5-10のアルカリ水を1日2L飲むとIBSの腹痛が改善し生活の質も改善すると報告されました。アルカリ水を1日2L飲むとpHが上昇しており、一定量は中和されず腸まで届くようです。ブルガリアの水は硬水でpH8-10で、長生きはヨーグルトと言われましたが、硬アルカリ水だからではないかと考えたりもします。

低FODMAP食をする前に本当にIBSかどうかは医師の診断を受けることが大切です。大腸ガンの可能性もあります。IBSでなくても機能性腹部膨満、機能性便秘、機能性下痢でも低FODMAP食は有効です。痛みの感じ方はそれぞれで、痛みの感受性による違いになります。FODMAP食を選んでられない時は、温かい白いご飯、卵、肉、魚、ほうれん草、キャベツ、人参だけ選びます。普通の小麦粉は使えませんが、米粉やスペルト小麦は使えます。

感想

善玉菌・悪玉菌という概念を信じてきましたが、そういう言葉はもう使わない方がいいと思いました。乳酸菌ちがょっと怖くなりました。

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