著者紹介
2024年5月9日初版の宝島社から発刊された本で、著者は栗原毅氏です。栗原氏は北里大学医学部を卒業され、東京女子医科大学や慶應義塾大学大学院教授をされ、生活習慣病の予防と治療を目的としたクリニックを開業されました。
シニアのための脂肪の新常識
内容
筋肉不足による身体機能の低下が健康寿命を縮めることは知られるようになりましたが、脂肪不足が筋肉減少を加速させると懸念されています。体脂肪はエネルギー源の備蓄ですが、体脂肪が少ないまま十分な栄養が得られないと、筋肉や骨を構成するタンパク質が犠牲になります。そうなると筋力は低下しますが、舌やあごなど口のまわりの筋力も低下し、噛む力や飲み込む力が弱くなると食欲も低下して、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。災害関連死の要因で最も多いのが誤嚥性肺炎で、避難所では口腔内ケアが十分できず、口のまわりの筋力が低下するからです。舌の筋肉が衰えると全身の筋肉も衰えることがわかっています。
シニアは小太りの方が長生きで認知症になりにくいことがわかってきましたが、小太りといっても筋肉もきちんとついていること、内蔵脂肪ではなく皮下脂肪がついていることが前提となります。筋肉が少なく体脂肪率が高い状態をサルコペニア肥満といい、痩せ型で下腹が出ている方はサルコペニア肥満予備軍といえるでしょう。サルコペニアとは筋肉の質や量が低下して日常の動作がしづらくなる状態です。サルコペニア肥満対策として、主食を1割減らして肉や卵を積極的に食べることを推奨します。絶対にやってはいけないのは、糖質や脂質を必要以上に減らすことです。ゆっくりよく噛んで食べる、食事はおかずから食べるのも有効です。動物性タンパク質を積極的に摂る目的は、筋肉の材料を不足させないことと、血液中のアルブミンを増やすことで、アルブミンは栄養素を全身に運ぶ役割があります。
100人・1年当たりの認知症発症率は、BMI 18.5未満の痩せ型は2.92で、BMI 25.0-29.9の肥満は1.11で、糖尿病を持つ人は2倍程度高くなることも判明しました。高血圧や脂質異常症を持つ痩せ型が認知症発症率が高いこともわかりました。死亡リスクはBMI 21-27が最も低く、21未満と30-40のやせ型・高度肥満が高かったです。
70歳以上のシニアは健康な人でも50代の頃に比べて約15%も食事量が減っていることがわかりました。高齢になるとあっさりしたものを好むようになり生きるために必要な三大栄養素が不足し、ビタミン・ミネラル・食物繊維が不足しがちになる人もいます。シニアになってからはやせようと食事を減らしてはいけません。
食事で摂取する脂肪を栄養学上では脂質と呼びます。脂質は1gで9kcalのエネルギーを生み出す糖質より効率のいい栄養素となります。脳は水分を除くと約60%は脂質でできています。食事で摂った脂質は消化器官で脂肪とグリセリンに分解され、肝臓に送られコレステロール・リン脂質・中性脂肪などの脂質に再合成されます。コレステロールは細胞の膜の材料になり、胆汁の材料にも使われます。リン脂質は脳の神経伝達細胞の活動をサポートする役割も果たします。中性脂肪はエネルギー源として活用されます。余った場合は体脂肪となり、摂りすぎはよくありませんが、不足はもっとよくないです。コレステロールはリポタンパクに組み込まれ全身をめぐります。使用されず余ったコレステロールは肝臓に戻されます。シニアでは総コレステロールは少ないより多いほうがいいとなります。注意すべきは悪玉コレステロールが酸化することで発生する超悪玉コレステロールです。超悪玉化させないコツは抗酸化力の高い食材を積極的に摂る、睡眠をしっかりとることなどです。
筋肉を増やすには動物性タンパク質が有効ですが、糖質や脂質と一緒に摂らなければ、タンパク質はエネルギー源となり筋肉などの材料にはならないのです。筋肉を増やすための筋トレも必要ですが、運動中は筋肉が分解されたアミノ酸がエネルギー源となり、運動の1-2時間後に分解された筋肉を補うための筋肉合成が始まります。このタイミングでタンパク質が補給されなければ筋肉は強化されません。
ビタミンは全部で13種類ありますが、いずれも体内では合成できないため食事から摂る必要があります。脂溶性ビタミンは脂質と一緒に摂取すると吸収されやすくなります。脂溶性ビタミンを含む肉・魚・野菜を油で調理して食べるだけで免疫力の底上げができます。ただしタンパク質と脂質の十分な摂取も前提です。
骨の健康に関わる栄養素はカルシウムがありますが、タンパク質、ビタミンD、ビタミンK、マグネシウム、亜鉛、カロテノイドも必要とされます。骨の質の維持にはビタミンB群も必要です。骨に適度な刺激を与える運動で骨は強くなり、オステオカルシンやオステオポンチンが分泌されさまざまな健康効果が得られます。骨に必要な栄養素を含む食事は間隔をあけずに規則正しく摂取することが大切で、不足するとカルシウムやマグネシウムは骨から溶け出してしまいます。
脂肪細胞からはレプチン、アディポネクチンなどの善玉物質が分泌されますが、体脂肪が増えるほど善玉物質の分泌が減り、アンジオテンシンⅡやTNF-αなどの悪玉物質の分泌が増えていきます。内蔵脂肪は内蔵のすぐそばで悪玉物質を分泌するため影響が強く表れてしまいます。内蔵脂肪はつきやすく落ちやすい特徴があり、食事はおかずから食べる、よく噛んでゆっくり食べる、運動習慣を作って筋肉を増やすことが落とすコツです。
うつや躁病の約3割は65歳以上で、高齢者の約5%はうつ病とする報告もあります。うつ病と認知症は似ていて間違われることが多いですが、うつ病は治せる病気です。老人性うつ病を予防するため有効なのは肉をたくさん食べることです。肉にはセロトニンの材料となるトリプトファンが豊富に含まれます。肉が苦手なら、卵・牛乳・ヨーグルトでもいいですが肉も食べるようにしましょう。
女性はエストロゲンの影響で皮下脂肪がつきやすく内蔵脂肪がつきにくいです。男性はテストステロンの影響で筋肉が発達し体脂肪がつきにくいですが、加齢とともに分泌が減少して、どちらも内蔵脂肪がつきやすくなります。シニアライフにおいては、男性は内蔵脂肪を減らす、女性は筋肉を増やすことをテーマとするのがいいでしょう。
ランセット誌からアルツハイマー型認知症のリスクが発表され、小児期の低学歴、中年期の高血圧・肥満・難聴、高年期の喫煙・抑うつ・運動不足・社会的孤立・糖尿病で、中年期の難聴が最もハイリスクでした。中年期の過度の飲酒・頭部外傷、高年期の大気汚染も後に追加されました。糖尿病の認知症リスクが高まるのはHbA1cが7以上の人で、低血糖を起こすこともリスクが高まるとの報告もあります。
脂肪はエネルギー備蓄、体温の維持、内臓の保護の働きがあり、脂肪細胞から分泌されるレプチンは、満腹中枢に食欲を抑える司令を出して食欲をコントロールしています。アディポネクチンも分泌され、血糖値・血圧・血液内の脂肪量を調整し、傷ついた血管壁を修復します。
脂肪細胞は限界まで中性脂肪をため込んで膨らみます。限界を超えると分裂して数を増やし、10年間はそのまま減りません。
健康な人の肝臓にはもともと3-5%の脂肪が貯蔵されていますが、20%に達すると脂肪肝と診断されます。
筋肉に直接脂肪がつく異所性脂肪があり、筋肉組織の外側につく筋細胞外脂肪と、筋肉の繊維の内部にたまっていく筋細胞内脂肪があります。どちらも放置すると筋肉の機能をおとし量を減らします。定期的に運動をしていないのに若い頃から体重も体型も変わらない人に、筋肉が減って隠れ脂肪が増えている可能性があります。
本来肥満が原因で生じる糖代謝の異常は、筋肉不足のやせている女性にも多く見られ、糖尿病を発症するリスクも高くなります。動物実験で、糖尿病にすると筋肉内にKLF15というタンパク質が増え、通常WWP1 などのタンパク質がKLF1の分解を促しますが、血糖値が上昇するとKLF1の分解が抑制されて筋肉内に蓄積さる事がわかりました。
歯周病の原因菌が骨格筋に脂肪をつける可能性があると報告されました。歯周病の原因菌が全身をめぐり、腸内細菌叢を変えて筋内の代謝機能を低下させて筋内の脂肪化を進めるためです。筋内の脂肪化を防いで筋肉量を維持するには歯周病を予防することも大切です。歯垢の除去率は歯ブラシのみだと約61%で、歯間ブラシもすると約85%まで上がります。口内細菌は8時間で歯の表面に定着し、48時間後により増殖しやすい環境を作るので、1日最低2回、起床時戸就寝前に歯みがきするといいでしょう。口の機能低下も内臓脂肪の増加を促します。口の機能が衰え唾液の量が減少すると、細菌が腸に届きやすくなり、腸内環境が悪化して細菌が腸管から全身の血流にのり、炎症を起こして代謝をジャマするようになります。口の機能を維持するコツは、口の中を清潔に保ち、噛む回数が増えるように硬いものを食べる・ガムを噛んで口の周辺の筋肉をトレーニングすること、周囲と積極的に会話をすることです。
脂質は1日摂取カロリーの20-30%で、摂取量は活動量によって変わります。脂質はさまざまな食品に含まれているため、脂っこいものを大量に食べる必要はありません。脂質のうち常温で液体のものを油、固体のものを脂と呼びます。油は主に不飽和脂肪酸でエネルギーとして消費されやすく、脂は体内に蓄積しやすいです。シニアは不飽和脂肪酸を積極的に摂りたいです。不飽和脂肪酸にはオリーブオイルなどの植物油に豊富な一価不飽和脂肪酸と、青魚などに多く含まれる多価不飽和脂肪酸です。多価不飽和脂肪酸はω3系とω6系に分かれ、ω3系は細胞膜を柔軟にし、白血球の働きを抑制して炎症を抑えますが、ω6系は細胞膜を硬くし、白血球を活性化させます。食品には圧倒的にω6系が多く、ω3系の積極的に摂取しましょう。ω3系のエゴマ油、アマニ油は1日スプーン1杯、MCTオイルはスプーン2杯摂りましょう。加齢とともに消化吸収の機能が低下するため、タンパク質分解酵素を多く含む大根、玉ねぎ、ニンニク、しょうが、パイナップルも組み合わせて摂りましょう。動物性タンパク質は減らしてはいけないため、もたれるようなら脂身の少ないものを選びましょう。動物性タンパク質と大豆などの植物性タンパク質は1:1の割合で摂ると効率よく筋肉が増やせるといわれています。タンパク質の一種のアルブミンは血中濃度が4.5以上になると筋肉がしっかりしてきますので、肉をしっかり食べましょう。あまり食べられなければ卵を1日2-3個食べましょう。
ストレスを受けると副腎からコルチゾールというホルモンが分泌され、運動機能を活性化し、血糖値を上昇・脂肪分解作用の強化でエネルギー供給を高め、炎症を鎮静化させます。分泌量が多い状態が長く続くと、レプチンが減って食べる量を増やし、内臓脂肪も増やしてしまいます。NK細胞の働きを抑制させ免疫力が低下します。コルチゾールの分泌量を抑えるには、適度な運動と7時間以上の睡眠が有効です。
自律神経が乱れると脂肪のエネルギー代謝や免疫機能を低下させてしまいます。夜あまり眠れない人は、トリプトファンの含まれる牛乳を朝に1杯飲みましょう。夜にはメラトニンに変換され眠りにさそわれます。
質の良い睡眠をとるために、38-41度のお湯に15分以上みぞおちまでつかりましょう。体が温まったら最後に足のすねから先にシャワーで水をかけましょう。末端の血流が刺激されふくらはぎのポンプ機能が高まります。入浴は就寝の1時間前までにすませるようにしましょう。
脂肪のエネルギー代謝を上げて悪玉脂肪を減らすにはドローインという運動もおすすめです。ドローインは、お腹をへこませたまま、15秒間息を鼻から吸ってキープし、その後呼吸を続けながらお腹をもとに戻すというもので、お腹周りの脂肪を落とすのに効果ば次ぐです。ドローインは立ってするのが最も効果は高いですが、座ったままでもOKです。ウォーキングの最中に立ち止まってドローインをして、その後ウォーキングを再開させるドローインウォーキングもあります。
耳の上には神門という自律神経を整えるツボがあります。中央部には首や肩に関連するツボ、下部には頭部に関係するツボが多く集まり、耳をたたむ、引っ張る、もむ、まわす、をちょっと痛いくらいにする耳マッサージを1分するとさまざまな健康効果が得られます。
分解された脂肪は血流にのって全身に送られ、主に筋肉でエネルギーとして消費されるので、筋肉が多いほど基礎代謝量が増えます。シニアに対して筋肉を増やす方法として下半身の筋肉を鍛えるのが推奨されます。新しい筋肉が作られる時マイオカインと呼ばれるホルモンが出てさまざまな働きが発見されています。
感想
脂質の摂取はコレステロールを上昇させて身体によくないと言われた時代もありましたが、今では脂質の摂取はむしろ推奨されている状況となっています。脂質にも飽和脂肪酸・不飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸にもω3系やω6系等あり、飽和脂肪酸の過剰摂取は動脈摂取に関与している可能性もあり、ある程度は脂質の種類を考慮しての摂取が望まれます。