著者紹介
2023年9月30日初版の文藝春秋より発刊された本で、著者は灰本元氏です。灰本氏は1978年に名古屋大学医学部を卒業され、病理学やがん研究所などを経て1991年に開業されています。
50歳を過ぎたらダイエットしてはいけない。
内容
肥満パラドックスとは痩せも小太りもいろいろな病気になるが生き延びるのは小太りで痩せは早死にするということです。
2011 年に発表された日本人のBMIと死亡リスクのグラフをみると、男性はBMI 23.0-29.9、女性では21.0-26.9あたりが最も長生きすることになっています。さらに痩せれば痩せるほど死亡率は高くなりますが、太ると死亡率は高くなりますがそれほど上がりはしません。以上より一番長生きは小太り、次いで肥満、一番死亡リスクの高いのは痩せた人となります。これは日本人特有なわけではなく世界を対象とした研究でも同様の結果となっています。体重の数字は体の中の水分、血液、骨、筋肉などの体脂肪以外の要素もあり、BMIは信頼できるのかという問題もありますが、これまでの研究ではBMIと体脂肪率はよく相関することもわかっています。体脂肪率を測定する方法はいろいろありますが、大人数を長期間追跡するのは難しく、世界中でBMIが広く使われています。
BMI25以上を肥満と定義していますが、なぜそうなったのかを示す資料は残っておらず、理由・経緯とも不明です。BMIの理想は22ですが、なぜそうなったかというと健康診断10項目の異常が最も少なかったからで、その後の追跡調査はされておらず、解析した人数は約4500人で、対象年齢も59歳までのものになっているので、果たして健康と言い切れるのか疑問があります。
欧米ではBMI30以上を肥満で25-30を前肥満としています。日本人でBMI25以上は男性2割強で、女性3割弱、BMI30以上は男女とも2-3%程度です。痩せの定義は決まっているとは言えませんが、BMI19未満なら人口の約5%、20未満なら15-20%です。アメリカではBMI30以上は男性30%、女性は55%くらいで、BMI25以上では実に6〜8割が当てはまります。BMI20%未満は数%です。
BMIの推移をみますと、アメリカではBMI30以上が急激に増加し、世界的にも同様の傾向ですが、日本ではほとんど増えていません。日本人の死因はがんが1位で約30%で心疾患が15%と続きます。アメリカの1位は心疾患で23%、2位はがんで21%となっています。
メタボリックシンドロームという考え方がアメリカで登場したのは1980年代後半です。高血圧、耐糖能異常、脂質代謝異常が虚血性心疾患を引き起こすシンドロームX、それに内蔵脂肪肥満を加えて死の四重奏とも呼ばれました。90年代になりインスリンが効きにくくなる状態のインスリン抵抗性が基礎となり、高血圧、耐糖能異常、脂質異常、内蔵脂肪の増加による肥満が虚血性心疾患の原因になるという共通認識が広がり、1999年にWHOがメタボリックシンドロームと呼んで診断基準を発表しました。メタボリックシンドロームには悪玉(LDL)コレステロールが入っていませんが、動脈硬化の危険因子としてはあまりにも明白で、BMIや肥満とは関係ありません。糖尿病、喫煙、心筋梗塞の家族歴などの要因を持っていない人はLDLコレステロールが180mg/dlまでは血管障害がおこらず、コレステロールを下げるスタチンという薬を飲まずにLDLコレステロールが100mg/dl未満の人は死亡リスクが上がる研究報告が増えています。おそらく癌死のせいでしょう。
メタボリックシンドロームはWHOが診断基準を発表しましたが、国際的に統一された診断基準はなく根拠もあやふやです。日本ではメタボ診断でCTスキャンなどで内蔵脂肪量測定を行うことが望ましいとされますが、CTスキャンは被曝量が胸部レントゲンの100倍もあるので、そこまで正確にする必要があるとは思えません。内蔵脂肪の蓄積を判定するためウエストサイズを測定しますが、世界中に肥満の診断基準の必須項目にしているところはありません。インスリン抵抗性のため腹囲測定していると思いますが、その関係は科学的に十分検証されていません。測定も、立位・軽呼気時・臍レベルとありますが、これでは測るたびに数cmの誤差が出てしまいます。男性度女性で異なるのも意味がわからず、内蔵脂肪と腹囲の関係はかなりのばらつきがあります。メタボリックシンドロームの最も問題なのは、虚血性心疾患と糖尿病の予防・発症だけに注目し、発症後どうなるのかなどまったく考えておらず、病気にならないように痩せたことで命が短くなる可能性もあるのです。心筋梗塞は初回の発作で数週間以内に亡くなるのは5%程度で5年生存率は約85%です。癌は発症すれば5年以内におよそ40%亡くなるため、どちらが重要なのかということです。メタボ健診の効果がないとする研究は出ています。そこでは脳心血管障害発症リスクと腹囲は無関係で、強い危険因子は年齢・高血圧・喫煙であるとしました。それでもメタボ健診は続きます。ここまでメタボ健診が大きな影響力を持ったのは、医師の勉強不足と製薬会社の影響が挙げられます。製薬会社と医師・研究者の関係を糖尿病治療ガイドラインの根拠となった論文について癒着構造を証明した論文があります。全著者の1%以下にあたる110人が全論文の30%の著者となり、その著者の40%以上は製薬会社の社員で、90%以上の論文は製薬会社の援助を受けていました。またその110人の論文の40%以上にはゴーストライターがいたというのです。以上により糖尿病などのガイドラインは製薬会社の垢にまみれた研究を基盤として成り立っています。
小太りの方が長生きするという研究があいつぎ、2002年に肥満パラドックスという言葉が誕生しました。各国でたくさんのデータが出ましたが、乱暴に言えば痩せている高齢者こそが死と隣り合わせということになり、どの国でも共通しています。
癌とBMIの関係は男性の場合、BMI 23.0-24.9を基準にすると、BMI19.0未満は約29%、19.0-20.9は14%癌の発症リスクが増えていました。BMI30以上は若干増えているようにも見えますが誤差の範囲内で、BMI23.0-29.9あたりの小太り体型が1番癌の発症リスクが低い結果でした。喫煙もリスクを増やすため、男性の痩せた喫煙者が最も危険となりました。一方女性は太っていても痩せていても統計学的に差はみられませんでした。世界のデータをみると、子宮内膜癌・食道の腺癌・腎癌などは太るほど増えていましたが、これは日本では、比較的稀な癌です。痩せるほど増える癌は、口腔癌・肺癌・閉経前乳癌・早期前立腺癌などでした。肺癌はBMIが大きくなればなるほど、30を超えてもどんどん発症リスクは下がり、死亡リスクも減ります。大腸癌は男性でBMI25未満と比べて27.0-29.9は1.4倍に増えますが、30を超えてもそれ以上は増えず、女性はBMIと無関係でした。欧米では体重が5kg増えるごとに3%発症リスクが増えるとされます。ただ発症してしまうと、BMI30以下になると痩せれば痩せるほど死亡リスクは高くなります。乳癌は閉経前はBMIと関連はありませんが、閉経後はBMI30以上では19未満より2.33倍高くなりました。世界の解析では太れば太るほど死亡リスクは増えます。消化器外科の医師の話では、BMI25以上になると手術がやりにくくなり、痩せすぎも臓器間の脂肪がなくやりにくくなるので、18-25が手術しやすいということになります。
日本人の2人に1人は癌にかかります。人間ドックや健診を毎年受けていても早期癌で見つかるかは運です。そんな癌に対してできることは、定期的に検診を受ける、禁煙する、緑黄色野菜をとるなど食事に気をつける、過度の飲酒をしない、運動をするなど以外に、50歳を超えて癌年齢になったらしっかり脂肪を蓄えて体力をつける、を加えるべきです。
韓国の肺癌を除く呼吸器疾患とBMIの関係を見ると、痩せれば痩せるほど死亡リスクは高く、太れば太るほど死亡リスクは下がります。喫煙は関係ありませんでした。急性肺炎とBMIの関係は、BMIが30を超えて太るとどんどん発症しやすくなりますが、死亡リスクは太るほど下がっていきます。コロナ肺炎でのイギリスの研究で、入院リスクが最も低いのはBMI23前後で、ICUに入るリスクは肥満にかけて直線的に増えます。脂肪はBMI22未満のリスクが高く、BMI24-30が最も死亡リスクが低くなります。韓国ではBMI23以下の痩せた人で重症化・死亡リスクが高くなりました。
糖尿病と肥満をみると、アメリカの研究では太っている方が死亡リスクは低いという結果でした。韓国のデータでは、太れば太るほど糖尿病になりやすく、最も死亡リスクが低いのはBMI26.5-29.4で、それ以下になると死亡リスクは急激に増加しますが、BMI30以上になっても死亡リスクはほとんど上がりません。死亡原因をみると、半分は癌で亡くなっていました。糖尿病の人は発癌リスクが高くなることがあり、それも踏まえた戦略が必要です。
心筋梗塞とBMIについて、BMI25.0-29.9と30以上が最も死亡リスクは低く、BMI18.5-24.9と痩せた人で死亡リスクは高くなりました。バイパス手術はBMI18.5未満と30以上で死亡リスクは高くなりました。心不全の発症は欧米ではBMIが5増えるたびに41%という結果でしたが、韓国や日本では痩せた人の発症が小太りや肥満よりも多い結果でした。死亡はBMI25-29が最も低く、それ以上太っても死亡リスクは少し増える程度で、痩せると急激に死亡リスクは高くなります。脳卒中は肥満よりも高血圧の影響を強く受け、死亡リスクは男女とも小太りから肥満で低く、男性は21未満、女性は19未満で高くなりました。脳血管障害の再発リスクは太れば太るほど下がり、死亡リスクも減ります。
なぜ肥満パラドックスが起こるのでしょう。ひとつは体力の問題があります。脂肪は貯金と同じでいざというときに救ってくれるのです。脂肪細胞はホルモンやサイトカインを血中に放出していますので、詳細な理由はわかりませんが、脂肪は生存にプラスに働くようです。
太っていると高血圧や糖尿病の発症リスクが高く、医療費がかさむという医療経済の問題があります。2002年の日本でBMIと医療費を調べた研究では、入院医療費はBMI21.0以下で急激に上昇し、BMI30.0以上でも少し上がっています。外来医療費は中年のBMIの高い人が高くなっています。合計するとBMI21.0-22.9が最も低く、BMI25-29.9は10%ほどそれより高くなっています。
痩せた人での検討では、BMI19.0未満においてタバコを吸う人は吸わない人より20%ほど死亡リスクが上がりますが、非喫煙者だけでも痩せは小太りや肥満よりも死亡リスクが高くなっています。ただ隠れ疾患を持つ人が痩せの死亡リスクを上げている可能性はあります。
長期的にフォローすると10年間では痩せの人の死亡リスクが目立ちますが、25年間フォローすると肥満の死亡リスクが顕著になります。これより健康的な痩せは存在するが健康的な肥満は存在しないということでしょう。
運動と死亡リスクの関係は、週600分以上の早歩きをすると全くしない人の30%低下することができ、週に150分以上では10%低下しました。食事と死亡リスクの関係は評価が難しいのですが、米国の研究ではきちんとすれば最大で14%減らせる結論が出ました。日本でも15%程度減らせるとの結果があり、そのくらいだと思われます。健康的な4つの要因、食事・運動・禁煙・過度な飲酒を守れていれば痩せでも小太りと同等の死亡リスクとなりますが、一般の人でそれができるのは10人に1人くらいでしょう。
若い頃のBMIはどのくらいがいいかという研究はイスラエルでされていて、最も死亡リスクが低いのは男女ともBMI19-20で、BMI25を超えると急激に上昇しますが、痩せてもさほど上昇はしません。妊婦はBMI20くらいが最も胎児・新生児死亡リスクが低かったです。認知症の発症リスクが低いのは、中年時男性でBMI23-25、女性で21-25がよく、65歳を超えたらBMI25-28がいいとの結果でした。
45歳を超えて5kg以上の体重減少は大幅に死亡リスクを上げていました。日本や韓国の結果から体重上昇はリスクにならず、20歳から中年にかけて5kg以上体重を増やすべきとの結果でした。米国では中年時にBMI30以上になると死亡リスクを増やすため、BMIが30を超えなければ問題ないと思われます。理想的なBMI変化は、20代でBMI20で、30代で21、40代で23、以降10歳増える毎に1ずつ増やし、70代で26です。BMIの数値よりも食べる人かどうかが重要なのかもしれません。
以上の結果から体重を増やす試みを始めていて、対象者は癌術後や抗癌剤治療を受けている人、心不全・慢性呼吸器疾患の人、骨折した人、もともと瘦せた人です。まずは肥満パラドックスについて説明して納得いただき、塩分制限も含めた食事制限を解除します。心不全患者の塩分制限は、死亡や入院の予防効果なしとの報告もあります。血圧上昇などには薬の活用などをします。具体的にはまずは食事内容を記録して傾向をつかみ、糖質や脂質を増やしたり外食を勧めたりします。この取り組みで7割は体重上昇し、1割は減ってしまいました。体重を増やすには油を直接飲む方法が有効とわかりました。抵抗があるようならコーヒーに入れたりサラダにかけたりします。油の種類は大豆油がおすすめです。
感想
ダイエット本が多い中興味深く読みました。臨床をやっていて、がんは痩せている人で予後が悪いことは分かっていましたし、慢性呼吸器疾患の痩せは予後不良因子というのも知っていますが、痩せた人の体重を増やす取り組みは素晴らしいと思いました。70代でBMI 26を目標に体重を増やすのはどうなんでしょうね。