2023年9月15日発刊のNewton別冊です
減量の科学
糖質、脂質、タンパク質を三大栄養素と呼び、すぐにエネルギー源として使える糖質(グリコーゲン、グルコース)が蓄えられる量は、成人男性で肝臓に約90-150g、筋肉で約100-400g、血中にあるグルコースは約15-20gしかなく、消費される異常に栄養素が体内に入り続けると中性脂肪に変えられて蓄積することになります。摂取したエネルギーと消費したエネルギーが同じ量であれば太ることはありませんが、エネルギーバランスが崩れるために太ります。理由は食べ過ぎ、運動不足、加齢の3つです。
日本では肥満の定義をBMI25以上とし、厚労省の調査から日本人の約4人に1人が肥満となります。身体につく脂肪は大きく3種類に分けられ、皮膚のすぐ下につく皮下脂肪、内臓につく内臓脂肪、本来たまるはずのない場所に蓄積される異所性脂肪で、健康状態の悪化につながりやすいのが内臓脂肪です。肥満の人の脂肪細胞は脂肪をため込み肥大化し、様々なホルモンを放出する内分泌器官の役割を持つことがわかってきました。肥満でない人の脂肪細胞からは動脈硬化を抑えるアディポネクチンを分泌し、肥満の人はTNAαなど炎症反応に関わるホルモンの分泌量が増えます。日本人は食べ物から摂取したエネルギーを内臓脂肪としてため込みやすい傾向があるため肥満の定義を厳しくしています。
夜に摂ったエネルギーはBMAL1の働きで脂肪になりやすくなります。脂肪燃焼に効果的な運動の時間帯は朝食前といわれ、軽いウォーキングでもいいので朝早くに起きて運動を行う習慣をつけましょう。朝に食べたエネルギーは消費されやすく、朝食を摂ると体内時計が整い炭水化物をしっかり摂るのが良いでしょう。適度な間食で夕食に大量に食べるとことを抑え控えめにします。夕食後は血糖値が上がりやすく特に糖質を控えるのが大事です。朝ご飯を抜くと体内時計がリセットされず、夜遅くの運動も夜型の生活につながり太る生活になります。間欠的ファスティング(プチ断食)は内臓を休ませて代謝が上がり脂肪を燃焼しやすくなる効果があるといわれ減量効果の出やすいダイエットですが、断食後に大食いすることが多くかえって肥満の原因になる可能性があり、タンパク質を充分補給しないと筋肉や臓器が萎縮します。絶食日にタンパク質が崩壊し、摂食日に食べすぎると脂肪が増え、その影響で筋肉だった部分が脂肪に置き換わったサルコペニア肥満になる可能性が高いと思われます。実行するとしたら半日程度の断食にとどめておくべきでしょう。
短鎖脂肪酸は特定の腸内細菌が食物繊維などを分解する際に作り出す物質の一つで、脂肪をため込むことを防ぐ効果が知られています。やせている人と肥満の人を比べた研究では短鎖脂肪酸を作る腸内細菌のフィーカリバクテリウム・プラウスニッツィが肥満の人で少ない結果でした。短鎖脂肪酸を増やすには食物繊維を多く摂るのがおすすめで、イモ類や寒天に含まれる多糖がより有効と分かってきました。腸内細菌は睡眠の改善に関与し、乳酸菌は摂取してもそのまま腸に定着することはほとんどありませんが、腸を通過するときに腸内環境を整え、腸と脳をつなぐ迷走神経を介して脳に影響を与える可能性があるとされています。禁煙すると太るのは禁煙後の腸内細菌叢の変化が影響すると報告されています。
食べ過ぎを抑える方法の一つがよく噛むことです。よく噛むとヒスタミンが分泌され満腹感が得やすくなります。血糖値が下がると空腹感を感じますが、短時間で大量の食事をすると血糖値が急激に上がる血糖値スパイクが起こり、インスリンが大量に放出されしばらくすると血糖値は急激に下がるため、お腹いっぱい食べてもお腹が空いた状態になります。これを防ぐにはまず野菜から食べることです。野菜に含まれる水溶性食物繊維はゼリー状になるため食物の移動が緩やかになり、ゆっくり吸収されることになります。
ダイエットの基本的な考え方は摂取カロリーを減らすことですが、カロリー制限は続けるのが難しいという問題があります。消費カロリーより摂取カロリーが少ないと体脂肪を維持しようとする適応現象が生じ、体重減少が停滞する停滞期となります。この時期にあきらめずに食事制限を続ければまた体重は減少し始めます。停滞期に我慢できなくなって前と同じ食生活に戻すと消費エネルギーが減少している分体重は増えやすくなります。こうしてダイエット後のリバウンドが起きます。
炭水化物には消化できない食物繊維を除いたものを糖質といいます。糖質を摂取するとブドウ糖などの単糖類まで分解され、血糖値が上昇してインスリンが分泌されます。インスリンには血中の糖分を脂肪に変えて体にため込む働きがあります。糖質制限ダイエットでは糖の摂取を制限しますが、脂肪がケトン体に変えられ脂肪がエネルギーとして消費されやすくなります。糖質を厳しく制限すると短期的には減量効果が見られますが、長期的にみると必ずリバウンドが起きて減った体重が維持できないことが知られています。そこで緩やかな糖質制限(ロカボ)という考え方で、1日の糖質摂取量を70-130g、デザートは10g以下に抑えるというものです。
タンパク質はアミノ酸という物質が連なってできた物質です。健康な体作りには欠かすことができず、小腸から食欲を抑えるコレシストキニン(CCK)というホルモンの分泌を促す作用もあり積極的な摂取はダイエットにも有効ですが、過度なタンパク質の摂取は腎機能の影響を与える可能性があり、タンパク質は1日の摂取エネルギーの20%以下とする場合があります。
短い時間の運動は脂肪を燃焼させないといわれていましたが、最近の研究で1日30分の運動を1回と10分の運動3回では脂肪燃焼の効果に差がないことがわかりました。筋トレのように短い時間で強い力をはっきりする無酸素運動は酸素を使わない経路を主に使ってエネルギーを作り出し、脂肪が燃焼されることは基本的にありません。しかし筋トレは成長ホルモンが分泌され、脂肪細胞の脂肪が分解されて血中に脂肪酸が放出されて、この状態で有酸素運動をすると脂肪酸がエネルギーとして使われますので、両者を組み合わせるとダイエット効果が得やすくなります。有効的な筋トレには筋肉の回復も必要で、1日おきなどにしてその後軽くストレッチなどして30分程度のウォーキングをするとよいでしょう。やせすぎると鉄欠乏などの栄養不良による貧血、無月経、低血圧、不整脈などがあり、やせ願望により摂食障害を招く恐れもあります。29歳以下の女性の約5人に1人がBMI 18.5未満のやせという結果になっています。
睡眠不足となると食欲を抑えるレプチンが減少し、食欲増進のグレリンが増加すること、長時間起きていると食べる機会が増えるため、カロリー摂取が増えて太ります。
女性が男性やりやせにくいのはホルモンの影響があり、月経終了後の1週間はエストロゲンが優位となりダイエットに最適なタイミングになりますが、月経開始3-10日前はプロゲステロンの影響で水分をため込みやすく、抑うつといった精神症状が出現する月経前症候群に悩まされる人も多く、過食に走る女性も少なくありません。男性はテストステロンが出て筋トレの効果が出やすい傾向がありますが、内臓脂肪をため込みやすい性質があります。
部分やせは基本的にありません。肥満を改善させる市販薬の防風通聖散は利尿効果と便秘改善効果があり、脂肪が減る以外の効果で体重が減少します。含有成分に甘草、麻黄、エフェドリンがあり服薬には注意が必要です。アルコールは1gあたり7kcalあり、日本酒は糖分を含むので太るといわれますが、エネルギーは糖分よりアルコールの方が多く飲酒量を調整すべきです。太りすぎの子供に対してはダイエットをさせないことが基本ですが、毎日60分以上運動することや夜食やジュースは摂らないなどの生活習慣の改善が必要な場合もあります。カロリーゼロの甘味料は太りませんが、摂りすぎは太り、大量に摂ると下痢など腹部症状が出ることもあります。
脂質やタンパク質を食べるとグレリンの分泌が抑制され、ペプチドYYと呼ばれるホルモンが長い間分泌されるので満腹感が続きます。糖質を中心に食べるとペプチドYYの分泌時間が短くすぐに空腹を感じることになります。
バターやラードなどの動物性脂肪や、パーム油やココナッツオイルなどの植物油脂に多く含まれるステアリン酸やパルミチン酸などは飽和脂肪酸で、摂りすぎると肝臓でのコレステロール合成を促進し、脂質異常症のリスクを増加させます。パーム油やココナッツオイルから生成されたMCTオイルはエネルギーになりやすく体脂肪になりにくい特徴を持ちます。
ATPという脳、筋肉、臓器を動かすためのエネルギーは糖質からのみ作られるのではなく、脂質やタンパク質の栄養素からも作られることがわかっています。ミトコンドリア内にはATPを生み出すクエン酸回路(TCA回路)があります。飢餓状態でエネルギー源が必要になると筋肉のタンパク質を分解してグルコースを作ることができ、これを糖新生といいます。糖質、脂質、タンパク質の栄養素の分解が進むとアセチルCoAという物質へ変わり、これがクエン酸回路へ入ると大量のATPが産生されエネルギーを得ることができます。飢餓状態になると筋肉が減り、すべての栄養素は必要以上に摂取すると肥満が加速する可能性があります。
食事として摂取された糖質の約20%は肝臓に取り込まれ、後の80%は筋肉が取り込みます。糖質の摂りすぎで門脈のインスリン濃度が高い状態が続くと肝細胞の中に中性脂肪がたまり脂肪肝となります。脂肪肝とは肝細胞の中に30%以上の中性脂肪がたまったときに診断されます。肝臓でインスリンの作用が低下すると、血糖調整機能に問題が出て肝臓内に取り込まれる糖が減少して放出される糖が増加することになります。脂肪細胞に過剰な脂肪が蓄積されて肥満になると、血糖値を上昇させるホルモンのレジスチンが分泌され、高血糖の状態となり血管の劣化が進みます。血管を収縮させるアンジオテンシノーゲンも分泌され血圧も上がります。さらに中性脂肪が過剰に蓄積されると遊離脂肪酸となって血液中に漏れ出て、肝臓で中性脂肪やコレステロールに変換されて血管に戻され脂質異常症となります。コレステロールは細胞膜の材料など重要な脂質ですが、多くなると体に異変を引き起こします。コレステロールは血管の内皮細胞の隙間を通り血管の壁に溜まる性質があります。白血球のマクロファージは食べてコレステロールを取り除く働きをしますが、コレステロールが多いと取り除けなくなります。コレステロールを食べすぎたマクロファージは死んで死骸となり血管の壁の中でたまって膨らんでいきます。高血糖や高血圧が血管を硬くさせて弾力を失う動脈硬化の症状があらわれ、血管内皮細胞が破壊されると血小板が集まり血液の通り道が狭くなり、最悪完全にふさがれて梗塞となります。
甘いものは別腹といいますが、食べる前から多くのドーパミンが出て食べたくなってしまうもので、ドーパミンは心地よい気持ちをもたらし報酬系と呼ばれ、条件反射的な行動を増やすとされます。前頭連合野が摂食中枢に信号を送り、胃の入り口の筋肉を緩めるなどして胃のスペースを作り食欲を促すともされ、摂食促進物質として知られるオレキシンなどが影響しています。
食べるか食べないかの意思決定は前頭前野の内側前頭前野で行われていますが、短絡的な価値を判断するため、価値判断の調整に背外側前頭前野がかかわっていて、これを働かせるためには長期的な視野に立って報酬を判断できるように情報を入力しておくことが大切です。視覚やイライラなどの感情から大脳基底核で条件反射が起こり食べ過ぎてしまうこともあります。やせるためには脳の学習によって身に着けた条件反射的な摂食行動をなるべく減らしていくことがポイントになります。赤、オレンジ、黄色といった暖色系は食欲を増進させ、黒、茶、紫、青は食欲を減退させる色というのがわかり、テーブルクロスや壁紙を青や黒にして条件反射行動をおきにくくさせる方法もあります。
食べ過ぎの人は食べないことで得られる健康上のメリットについての情報が少ない傾向があり、食べ過ぎによる最低限の健康リスクの情報も知るべきです。
コカインなどの薬物乱用により報酬系が働く大脳基底核だけでなく、前頭前野でもドーパミンD2受容体の減少によって大きな機能障害が起きることがわかり、前頭前野の状況判断に問題が生じ依存症の状態であるとされます。BMI 35以上の肥満者ではドーパミンD2受容体が減少して前頭前野の活性が大きく低下していることがわかりました。
1カロリーとは1gの水を1℃上昇させるために必要なエネルギーのことで食品の場合はキロカロリー(kcal)とあらわされます。ゼロカロリーの表示は100gあたり(飲料は100mlあたり)5kcal未満、カロリーオフは100gあたり40kcal以下(飲料は100mlあたり20kcal以下)とされています。肥満の解消や予防に関してはどんな栄養素を摂っても摂取したカロリーの総量が問題となります。脂質が最もカロリーが高く食べた分量は少なくても太ってしまう可能性はあります。同じカロリーで糖質だけを減らした食事を続けた場合、体重の減少が速い結果が報告されましたが、長期間経過すると結局体重の減少量は同じになったそうです。糖質制限が糖尿病の人には有効とする説もありますが、2013年3月に日本糖尿病学会から炭水化物のみを極端に制限して減量を図ることは勧められないとの提言が出ています。食事をすることによって生まれるエネルギーの消費を食事誘発性熱産生(DIT)といいますが、脂肪は摂取エネルギーの約3%、炭水化物は約5-10%、タンパク質は20-30%で、よく噛んで食べる方が高くなると考えられています。咀嚼ダイエットもありますが、健常な人で朝食の咀嚼回数40回と10回を比べたところ、40回ではインスリン濃度も高くなり速やかに血糖値は低下して総血糖量も低い値が見られました。食事制限と寿命の関係は、効果がありの報告と健康増進には役立つものの寿命とは関係ない報告がありました。
ほうれん草、水菜、レタスといった緑の葉物野菜には無機硝酸塩というミネラルが含まれ、基礎代謝に影響を与える筋肉の維持に一役買っていることがわかってきました。硝酸塩は普通は体に害を及ぼしませんが、一部はヒトの体内で還元されて亜硝酸塩になると考えられ、身体に悪影響を及ぼしうります。しかしFAO/WHO合同食品添加物専門家会合の会見では硝酸塩と発がんリスクに関連性はないとしています。最近の研究から硝酸塩は加齢による筋肉量の低下やそれに伴う基礎代謝量の減少を抑えると考えられます。
うま味を感じる味覚感度が低いと甘いものが好きなことと関連し肥満になる可能性があることが示されました。
24時間の総エネルギー消費量は筋肉や臓器などが生み出す基礎代謝量が約60%、DITが約10%、ウォーキングや家事などの身体活動量が約30%となっています。近年では家事などの日常生活活動が多い人は肥満になりにくいという研究があり、座っている時間をなるべく減らし立ち仕事や家事などに費やすだけでも太りにくくなるといえます。座っている時間が多くなればなるほど2型糖尿病や動脈硬化などの心血管疾患にかかりやすくなるという研究は少なくありません。平均すると60%は座っている時間にあてているといわれ、それを減らすだけで体重の維持にも役立ちます。
筋肉は何歳からでも鍛えられる特徴があります。1回10分の運動でもやせる効果は十分にあり、体重を減らすだけでなく血糖値を下げたり心血管疾患の予防に効果があることがわかっています。軽い運動の際には脂質を主なエネルギー源として使うことがわかっています。1回10分の運動に慣れてきたら心肺機能向上や生活習慣病予防のため1回30分程度の少し息が弾むくらいの有酸素運動にも挑戦してみましょう。強度を強めるよりも1回の運動の時間を長くするのです。有酸素運動30-60分を週2-5回行うのがいいでしょう。
筋肉のエネルギー消費量が最も大きいとされ、やせやすい体づくりには筋トレを行い筋肉量を増やすことが必要です。筋肉が急激に衰える現象にインスリンの分泌がかかわっているとする研究もあり、インスリンの過剰な分泌で筋肉の合成が進まず脂肪がさらに蓄積され脂肪の割合が増えるとするものです。こうした問題も筋肉を鍛えることで対処できます。筋肉を鍛えることで糖の取込み量を増やすことが可能になります。筋肉を鍛えるためにはある程度の負荷が必要になり、最大重量の65%の負荷をつけなければ筋肉は鍛えられません。低い負荷で筋トレと同じ効果が期待できるスロートレーニングがおすすめです。筋肉をゆっくり長く動かすと筋肉内の血流が減り筋肉疲労が早めにおきて筋肉が鍛えられます。スクワットのスロートレーニングがあります。膝を曲げて4秒程度、膝を延ばして体をおこすのに4秒程度かけて膝を完全に伸ばさずに止めるのがコツです。筋肉量が増えるのに48-72時間かかります。筋トレやスロートレーニングは週2-3日に抑えるのがいいでしょう。
筋肉は量も大切ですが質も大切で、動的ストレッチと静的ストレッチがあります。動的ストレッチは関節の運動を繰り返して目的の筋肉を伸縮させ、けがや急激な血圧上昇の予防になり運動前が良いとされています。静的ストレッチは目的の筋肉をゆっくり伸ばし、痛みを感じる寸前で動きを止め30秒ほどその姿勢を維持してその後ゆっくり息を吐きながら姿勢を戻すもので、運動のあとが良いとされています。