著者紹介
2022年6月22日初版の講談社から発刊された本で、著者は山田悠史氏です。山田氏は慶應義塾大学医学部卒業後、2015年から米国ニューヨークの内科で勤務し、老年医学・緩和医療科で高齢者診療に従事しています。
死ぬまで元気を実現する5つのMが副題となっています。
最高の老後
内容
長生きにどのくらい遺伝子がかかわるのでしょうか。一卵性双生児の研究で、60歳未満では遺伝子の影響は受けませんでしたが、それ以降は遺伝子の影響で寿命が近づくため、25%は遺伝情報により規定されます。
皮膚は老化でコラーゲンは最大75%減少し、爪の伸び方も最大50%減ります。最近では実年齢ではなくフレイルの評価をする考え方が広がっています。フレイルとは老化に関連した生理的な衰退を意味し、フレイルがあると病気にかかりやすく治療の合併症のリスクが高いことが知られています。65歳以上の人では約1割の人がフレイルの状態で4割ほどがその予備軍の状態です。計算能力・言語記憶は60歳頃まではあまり衰退は見られず、その後衰退を始め74歳ころまでにはすべての能力が衰退し始めます。空間認識や言語能力などは40-50代の方が能力値の平均は高く、また免疫も40-60代で若い時と比べて多様な病原体への免疫を獲得できていると知られています。70代以降になってもビタミン・ミネラルを含む適切な栄養摂取、運動、ストレスマネジメントが免疫能の維持に寄与することを示唆する研究も報告されています。アレルギーもピークは幼少時と20-30代で、50-60代にかけて頻度が減ってきます。片頭痛も30代が多く、60歳以上で割合は小さくなります。
筋肉の細胞は寿命が平均15年といわれ、筋肉トレーニングでは細胞の数が増えるのではなく筋肉の伸び縮みを助ける筋繊維が多く作られることでボリュームが増えるといわれています。筋肉量の減少は50歳頃から始まり、筋繊維を作る働きが鈍り、血流の流れ、ホルモン分泌、神経の働きの変化も影響します。筋肉の質も変化し、瞬発系で使われる2型の繊維が失われて1型優位となります。加齢に伴う筋肉量と筋力の低下をサルコペニアといい、脂肪の独立した危険因子で、80歳以上の50%超にみられます。身体を動かさないと10日で平均約1kgの筋肉量が減少するデータがあります。筋肉量と筋力が減ると転ぶことが増え、転んだことがある人はさらに転ぶ可能性が高くなり、その不安や恐怖から活動性の低下を招き悪循環に陥ります。転倒は大腿骨の骨折がよくみられ、骨折した人の約半数は何らかの手助けが必要な状態となり、次の4年間で15%の人がもう片方の大腿骨を骨折すると報告され、骨折を患った1年以内に12-37%が亡くなることも知られています。睡眠剤や高血圧の薬の一部など普段飲んでいる薬も原因となります。飲酒や段差や靴が原因の場合もあります。骨量は1年で0.5%減少するといわれています。高齢者では変形性関節症による膝痛を訴える方が多くなっています。米国で機能を維持した高齢者を調べてみると、脂質異常症、高血圧、糖尿病、喫煙、肥満など血管危険因子が少ないことがわかりました。英国の研究では30-50代の経済状況が維持に最も大きく影響していました。
1つ目のM:Mobilityの維持のためには運動です。運動は生活習慣病やがんの予防、認知機能の予防、睡眠の質の改善に寄与します。どのくらいやればいいかはまずは少しでもやることです。1日当たりの歩数が1万歩になるまでは死亡リスクは低下し、それ以上は天井効果があるようです。水泳でいえば週60分から毎日40-50分やるまでは死亡リスクは低下しますが、毎日100分以上やるようならむしろ有害性は高まります。運動強度はMETsでしめされますが継続性が大事です。
足元のケアは大事で、特に糖尿病の人は足の感覚が弱くなって感染症にかかりやすくなっているので気づかないこともあります。転倒しないような自宅環境を作ることも大事です。自宅環境の整備にはお金がかかるかもしれませんが、けがの減少率を考えるとメリットの方が大きいといえます。
認知症=アルツハイマー病ではなく、認知症の中には治療できるものもあります。65歳以降に前頭葉と側頭葉を中心に1年あたり約7cm3ずつ脳の容積を減らしていくといわれています。神経細胞が死ぬことと細胞の容積自体が萎縮します。脳の中にはアルツハイマー病の原因となるアミロイドβの沈着が見られるようになります。
認知症はさまざまな原因がありますが50%以上はアルツハイマー病です。次に多いのは脳血管性認知症で脳血管の病気から神経細胞がダメージを受け認知機能が低下します。脳梗塞のたびに悪化するため、階段状に症状が悪化します。これらは合併することもあります。治る認知症にはビタミンB12の不足がありますが、胃の切除をした人・胃薬を長期服用している人でなる可能性があります。
せん妄とは場所や時間が突然わからなくなったり、興奮・錯乱といった気分の異常が突然起こったりする精神機能の障害を指し、精神的・身体的ストレスが一気にかかったとき脳が普段通りに機能しなくなるためになります。せん妄になりやすい人は認知症、脳梗塞、パーキンソン病などの脳の病気のある人や、慢性疾患を複数持つ場合、多数の薬を服用している人などです。高齢者のうつ病は持病を抱えた人が多く、うつ症状と慢性的な持病が影響して悪化させることも珍しくありません。うつ病の発症には加齢によって生じる脳の萎縮や小さな脳梗塞の積み重ねが関連していることも示唆されており、まずは気づいて診断して有効な治療につなげるかです。
科学的な根拠のある認知症の予防はありませんが、複数の先進国から認知症の発症率が年々減少している報告があります。運動している人は認知症は少なそうだけど運動で認知症が予防できるかよくわかっていない状況です。50代から7時間以上の睡眠は認知症を予防する可能性があり、それより少なければ少ないほど発症リスクが高まります。抗酸化作用のあるイソフラボンで認知症の予防になる可能性はありますが、2年間の盲検化ランダム比較試験では認知機能の変化は認められませんでした。高血圧、糖尿病なども修正可能なリスク因子ですが、これを修正して本当に認知症リスクが低減するかはわかっていません。食事法では地中海式ダイエットが認知症予防の可能性はありますが、心筋梗塞や脳梗塞の予防にはなりますが認知症の予防になるかはわかっていません。アデュカヌマブ というアミロイドβに対する抗体薬で、投与開始後78週で認知機能の低下を2割遅くしていた結果が出てFDAに認可されました。副作用と費用(年間2000万円)の問題もあり議論の余地があると思っています。
2つ目のM:Mind認知症の予防に若い頃の教育の充実、中年期の高血圧治療、節酒、ダイエットの可能性があります。うつ病の予防も大事であり、劇的に有効な方法は存在しませんが高血圧や脂質異常症の治療がうつ病のリスク低下とも関連し、1日に2-3杯のカフェイン入りのコーヒー摂取する女性でうつ病のリスクが減少しましたが、カフェインレスのコーヒーや紅茶、チョコレートに関連が認められませんでした。睡眠を確保することも重要で、まずは不眠の原因となっている生活習慣を改善し、それでも改善しないようなら睡眠薬の治療も含まれた専門的な治療も選択肢となります。高齢者の場合、睡眠剤は副作用のリスクがあり、太極拳が有効という結果もあり、運動や太極拳の活用が考えられます。
60歳以上の人は約3人に1人が5種類以上の薬を内服している糖データがありポリファーマシーといいます。必要な薬だけの場合もありますが、増えれば増えるほど不適切な処方が混ざることも増え、薬物相互作用などで副作用のリスクが高まったりもします。
高血圧を無治療で放置すると、心不全、脳卒中、心筋梗塞のリスクが増えることが知られ、薬の治療でリスクを最大50%程度軽減できます。同じ医師が処方しているのであればわかりますが、違う科、クリニックに通院していると互いの診療内容も知りえないこともあります。薬を使用することで副作用が生まれ、その副作用を改善するために新たな薬の処方をする処方カスケードの問題もあります。アメリカからすべての入院の内1.4%が薬の副作用が原因でその28%が防げるものだったと報告されました。
3つ目のM:Medicationポリファーマシーなどの問題は最終的には薬を飲む個人にかかっているため、自分が持つ病気について理解を深め、それに対してどのような薬を飲んでいるのか、有効性とリスクについても理解をしておくのが対処法かもしれませんが、多くなるとそうもいかず、大切のなるのは信頼できるかかりつけ医とかかりつけ薬局の存在です。自分が話をしやすい、信頼できると思ったところに通院すればそこがかかりつけ医になります。通いやすい相談しやすい薬局をかかりつけ薬局に選べばいいと思います。かかりつけ医以外を受診する際は、大切になるのが薬手帳で、かかりつけ薬局以外で処方されたときも見せて飲み合わせの問題がないか確認し、後日かかりつけ医やかかりつけ薬局に受診して投薬された旨を説明します。サプリメントでビタミン剤を摂取している人もいるかもしれませんが、欠乏のケースが多く報告されているのはビタミンDで、ビタミンBやCの効果は科学的裏付けがありません。ビタミンAの過剰摂取は妊婦さんでは胎児期系のリスクが増え、骨量減少も報告され、ビタミンCは腎結石症、ビタミンEは死亡リスクが上昇するかもしれないと報告されています。がんにもビタミンサプリは推奨されず、漢方薬やハープも同様です。
年齢とともに各臓器の機能は変化します。最大の心拍数は(220-年齢)/分で計算できることが知られ、心臓の血液の出力は減ってきます。腎臓も30歳から80歳にかけて約3割減少することが報告され、腎臓の血流も焼く6割まで落ち込みます。ミネラルバランスを維持する能力は年を取っても保たれることも知られています。65歳以上の入院理由は、脳血管疾患、がんで外来受診理由は高血圧性疾患、脊柱疾患が多くなります。死因で見るとがん、心疾患、肺炎、脳卒中が多く、これらの病気の多くは要因が明らかになっていて、生活習慣にも密接に関連するものです。高血圧、糖尿病、コレステロール、喫煙などの問題をしっかり予防・治療し、がん検診でしっかり眼を早期発見し、ワクチンで感染症を予防することで、多くの病気から体を守ることができそうといえます。
後期高齢者の6割以上が慢性疾患を持ちますが、10-20%の人は慢性疾患がないと報告されています。90代になると病気がない・少ない人の割合が増えてきますが、慢性疾患が複数ある人は70・80代で亡くなられるからです。65歳の平均寿命は男性85.1歳、女性89.9歳、80歳では男性89.4歳、女性92.3歳となっています。
複数の病気にかかった場合、薬の数は増え生活制限が増える可能性が高くなります。治療目標が相反する事態が起こることがあり、どちらかを優先するとどちらかがリスクをとることにもなり、健康を大きく損ねることにもなりかね、一度発症すると長く付き合わないといけない疾患も多くみ炎に防ぐ予防医療が重要になります。老化を加速させる要因にタバコがあります。悪玉コレステロールを増加させて動脈硬化を加速させ、血圧も高めます。タバコは肺がん以外にもリスクがあり、早く禁煙するほどリスクを下げられます。
4つ目のM:Multicomplexity予防として一般健康診断は労働安全衛生規則で実施が定められていますが、健康状態を大雑把に調べるスクリーニング検査で、異常が出たら二次健康診断を受ける必要があります。義務ではありませんが未来への投資として受診しましょう。胸部X線や心電図検査は有用性がないとして欧米では推奨されていません。日本は歴史的な背景が色濃く残って必ずしも細心のエビデンスを根拠にしているわけではありません。がん検診は比較的世界で構築されてきたエビデンスに基づいたものになっています。国が推奨しているのは胃がん、子宮頸がん、肺がん、乳がん、大腸がんです。
健康診断の次に重要なのは予防接種で、ほとんどの方は子供時代に必要な予防接種の多くを受け、終生多かれ少なかれ恩恵を受け続けますが、時間とともに効果が薄れアップデートが必要なものもあります。新型コロナウイルス、インフルエンザは毎年摂取が必要かもしれませんし、破傷風は10年ごとに1回アップデートが必要です。麻疹・風疹は抗体価を調べ低い場合は追加接種が推奨されます。帯状疱疹ワクチンは50歳以上で必要になります。肺炎球菌ワクチンは65歳以上が対象になります。HPVは26歳までの男女に推奨されます。
予防医療で最後に重要なのは生活習慣です。食事の代表例がDASHダイエットや地中海式ダイエットです。食品と健康の因果関係を示すのは困難で、多くはまだわかっていません。お酒に関しては厚労省からガイドラインが出され、1日平均純アルコールで20g程度で、ビールなら中瓶1本、7%の缶チューハイなら350ml缶1本、日本酒なら1合程度に相当します。お酒を適量飲む方が長生きする人が多いのですが、乳がんでは全く飲まない方が発症リスクは少ないです。コーヒーについてはカフェインの安全な摂取量は1日400mgまでとされ、コーヒーカップ3-4杯に相当します。1日3-4杯摂取したほうが死亡リスクが減少する報告もありますがまだわかっていないこともあり、適量をたしなむ程度とすべきです。
病気や事故は突然やってきます。米国の研究では死に直面した人の約7割は、意識が朦朧としているなどで意思決定能力を失っていると報告され、そのような中での意思決定がされて治療されることになります。米国では事前指示書なるものが元気な時に作成する文化が醸成されていますが日本では少ないと思います。病院で最期を迎えた後の症状の緩和については約5人に1人が不十分だったのに対し、精神的なサポートは約2人に1人が不十分だったと返答しています。自宅で亡くなられる場合の精神的サポートの不十分は約3割程度でした。
多くの日本人は事前の準備ができていません。以心伝心で自然に家族みんなに伝わっていると考えているかもしれませんが、もしもの時のために望む医療やケアについて考え、家族等や医療・ケアチーム繰り返し話し合い共有する取り組みの人生会議をすべきで、アドバンスケアプランニング(ACP)と呼ばれます。最期を迎えたい場所はそれぞれでありますが、希望があってもかなえられないケースもあり、医療現場が抱える課題です。日本ではホスピスが少なく、米国ではホームホスピスという自宅で病院内のホスピスと同等の機能を自宅に備えるものがあります。
5つ目のM:Matters Most to Meは5つのMの中で最も大切なものかもしれません。生きがいはすべてのエビデンスをも覆すほど大きな力があるかもしれないのです。生きがい自体が健康や長生きにつながっているかもしれず、趣味と生きがいがの両方を持つ高齢者は両方ない人と比べて死亡率の減少や自律レベルが高いと報告され、英語では生きがいに当てはまる単語がなくそのまま”Ikigai”という単語になっています。
日本では60歳以上で最終段階における医療に関して詳しく話し合っているのは3.0%しかおらず、55.1%は話し合ったことがありませんでした。人生会議が終末期の意思決定に影響を与え、患者の目標にそった治療の可能性高めることとの関連は示されず、まだ改善の余地が大きいと思われます。人生会議では意思決定を代行する人を決めておくプロセスが大事です。話し合いをしても内容を記録として残さなければ証拠は残らず、事前指示書と呼ばれる書類に残します。事前指示書は本人と場合によっては弁護士と作成しますが、この指示書の存在が家族の大きな助けとなったとの声もあります。実際作成されるのは8.1%にとどまっていますが、十分認知されていないかもしれず、それを知ることが大切な一歩だと思います。
感想
著者が米国在住医師のため米国のことについてもっと書かれているかと思っていましたが、日本人の最高の老後についてでした。ある程度の年齢からMobilityとMindがしっかりできいればMedicationとMulticomplexityは大丈夫だと思いますし、最後のMは遺された者のためにやっとけって感じでしょうかね。