著者紹介
2020年4月5日初版の世界文化社から発刊された本で、著者は堀田修氏です。堀田氏は1957年生まれで1983年に防衛医科大学を卒業されています。IgA腎症の治療された腎臓内科医ですが、上咽頭の炎症が引き起こす様々な疾患の臨床と研究をされています。
自律神経を整えたいなら上咽頭を鍛えなさい
内容
慢性上咽頭炎や上咽頭擦過療法について学ぶ機会がなく、おそらく9割以上の医師は慢性上咽頭炎の概念を知りません。多くの耳鼻咽喉科で診てもらっても異常なしといわれますが、0.5%に希釈した塩化亜鉛溶液をしみこませた綿棒を用いて上咽頭を擦過すると強い出血が認められます。上咽頭擦過療法は長い間Bスポット療法と呼ばれてきましたが、現在では英語訳を略してEATという表現が学会で用いられるようになってきました。
慢性上咽頭炎が疑われるのは、耳の下を押すと固い・痛い、自然に口を閉じたとき下あごにくっつかず口呼吸になる、鼻水が鼻でなくのどから流れ落ちてへばりつくような感覚がある後鼻漏の3つです。
慢性上咽頭炎が悪化すると、のどの痛みやのどの奥の詰まり、声がれや長引く咳などがおこり、頭痛や首の痛み、首・肩の凝り、全身の疲労感など別の場所で症状が現れることも多くなり、風邪をひきやすくもなります。
上咽頭の炎症は急性と慢性に分けられます。風邪をひくことで生じる急性上咽頭炎は、上咽頭にウイルスや細菌が付着し、病原微生物の集団ができることで起こります。それに対して免疫システムが作動し、侵入した微生物を退治し、免疫力が高ければすぐに治り、抗菌剤や消炎剤が奏功します。慢性上咽頭炎はこうした薬が効かない厄介な炎症です。ストレスや疲労で免疫力が下がっている状態でカゼをひくと、なかなか治らず上咽頭の炎症が慢性化し様々な不調を引き起こします。上咽頭は免疫装置の最前線で常に活性化していて、ウイルスなどの異物が上咽頭の上皮に付着するといち早く体内の免疫システムが作動し炎症が起きます。慢性上咽頭炎によって免疫細胞が過剰に活性化し続けることで免疫システムに誤作動が生じ、最終的にはなんも問題もない自分自身の細胞も攻撃し始め難治性の病気を引き起こすようになることもあるのです。カゼ以外にも花粉、粉塵、黄砂、タバコの煙が原因になることがあります。台風や低血圧が近づくと体調不良を引き起こす気象病も慢性上咽頭炎が関連していると考えます。子宮頸がんワクチン接種後にその副反応が疑われる全身倦怠感などを訴えて受診した患者さんには一人の例外もなく激しい慢性上咽頭炎が認められました。
上咽頭は体内に取り入れられた空気の最初の通り道であるとともに、空気の流れの向きが変わる場所にあるため空気中のウイルスや細菌が最も付着しやすく慢性的に炎症を起こしやすい宿命にあります。上咽頭には副交感神経の主体をなす迷走神経が広く分布し、自律神経のコントロールに密接にかかわっています。迷走神経の感覚神経を介して視床下部にまで影響します。上咽頭は迷走神経と上咽頭とのどの両方に分布する舌咽神経の感覚神経が張り巡らされていて、上咽頭の炎症をのどの痛みと感じるのは脳に勘違いが生じることで起こると考えられます。頭痛、首の痛み、肩こりなどは炎症の拡散で生じ、後鼻漏は上咽頭のうっ血とリンパの流れが滞り組織に過剰な液体や不要な老廃物がたまり、行き場を失った分泌物が上咽頭の粘膜からしみ出てのどから流れ落ちるようになった状態といえます。慢性セキの症状も、上咽頭の炎症のため感覚神経が過敏な状態となり咳を誘発していると考えられます。カゼを繰り返すのもずっと慢性上咽頭炎があり、軽くなったりひどくなったりを繰り返しているからと考えています。
全身の首より下の筋肉のほとんどは脊髄から出る脊髄神経が支配していますが、首と肩を支配している神経は副神経という11番目の脳神経です。副神経は迷走神経の付属神経から名前がついていて、胸鎖乳突筋と僧帽筋を支配し首こりと肩こりに関係があります。ひどい首こりと肩こりと上背部の重苦感を訴える患者さんのほとんどに激しい慢性上咽頭炎が存在します。
脳は大脳新皮質、大脳辺縁系、脳幹の三層からなります。大脳新皮質は人間脳、理性能ともいわれ考えるための脳です。大脳辺縁系は感情、本能、記憶や自律神経活動などをコントロールし、感じるための脳ということができます。大脳辺縁系には視床、視床下部、海馬、偏桃体、帯状回、脳下垂体が含まれます。大脳新皮質は大脳辺縁系から伝わったメッセージを意識的・論理的に解釈して情動や衝動を制御しています。脳幹は爬虫類能ともいわれ下等生物でも持っている原始的な脳で、無意識に行われる心拍、呼吸、体温調整、性行動に関係し、生きるための脳といえます。外界から受ける情報は視床に集まります。視床の情報は偏桃体で瞬時に識別され、脅威と感知すると視床下部にメッセージを送り対処します。視床下部が過剰に活性化しているとストレス反応が強くなり、ストレスの原因に見合わない身体反応を引き起こします。視床下部には自律神経中枢があり、身体症状との接点となる働きをしています。不安や抑うつなどの情動障害が起こると慢性疲労や自律神経調節障害などの症状が生じます。視床下部-下垂体-副腎系という神経内分泌系のシステムの狂いが生じ、副腎の働きが不十分になり慢性的な疲労感が生まれます。このような状態を副腎疲労(アドレナルファティーグ)と呼ぶ研究者もいます。慢性的なストレスが続くと偏桃体の興奮した状態が続き、大脳新皮質の前頭前野の均衡状態が破綻して前頭前野が働かなくなりうつの状態となります。
うつ、慢性疲労症候群、自律神経失調症は脳の働きの異常が原因ですが、共通するものに脳の神経細胞における情報の伝わり方に異変が生じていて、うつ病では神経伝達物質のセロトニンとノルアドレナリン量が減り、セロトニンは抑うつ症状だけでなく疲労や疼痛の自覚にも関係していて、慢性疲労症候群で重要な役割を果たしていると考えられます。うつ病や慢性疲労症候群に対してセロトニンやノルアドレナリンを薬で補えばいいのではと考えられ、SSRIやSNRIとして広く用いられています。それらの薬で期待通り症状が解消するかというとそう簡単ではなく、おそらくセロトニンやノルアドレナリンの不足は大脳辺縁系の機能異常の一面にすぎないからです。セロトニンやノルアドレナリンは過剰になるとセロトニン症候群を引き起こしたり攻撃的になることが知られていて、理想的な状態を薬の服用で人為的に作り出すのは容易ではないということです。足りないものを薬で補うという対症療法的な発想だけでなく、原因となっている脳の炎症そのものを改善するという根本治療の視点こそ重要なのではないでしょうか。
上咽頭擦過療法(EAT)が自律神経調節障害、慢性疲労、うつなどの脳のトラブルが原因の体調不良に対する服薬によらない治療として新たな突破口になると考えています。EATは0.5-1%の塩化亜鉛溶液をしみこませた(鼻)綿棒を鼻から入れ、次に口から綿棒(咽頭捲綿子)を入れて上咽頭の後壁に強めにこすりつけるシンプルな方法で、妊婦さんやお子さんでも安全に受けられます。塩化亜鉛溶液には消炎作用や殺菌作用、抗ウイルス作用を有しており、タンパク質を変性させて組織や血管を収縮させる作用があり、炎症を抑えることができます。この処置のポイントは薬液を塗るだけでは不十分で強めにこする、上咽頭をまんべんなく擦過し、特に天蓋部と側壁部はしっかりこすります。痛みが激しい時最初は鼻綿棒だけでも構いません。強い炎症があると痛みを伴い出血を伴いますが、その分高い治療効果が来たでき、処置は1分程度です。EATでは診断と治療が一度でできます。内視鏡では患部を見てもわかりにくく、EATで出血があるかで診断します。近年EATが再評価され実施する耳鼻咽喉科は増えてきていますがまだ一般的とは言えません。週1-2回のペースで10-15回を目安に継続してみてください。まずは3か月継続しながらセルフケアを冷えようして上咽頭を鍛える生活習慣を心がけましょう。最初の数回で頭痛は改善することが多く、10-15回で日常生活に支障がいない程度まで改善するケースがほとんどで、セキぜんそくや慢性タンは完全に消失まで20-30回要します。慢性過敏症候群や機能性ディスペプシア(FD)も改善しますが、FDの方が時間がかかる印象です。改善まで最も時間がかかるのが後鼻漏で数十回実施するうちに少しずつ改善していきます。
片頭痛の方には上咽頭に痛みを感じるポイントがあります。このポイントをアルミ製の鼻綿棒で丹念に何度もつつくと頭痛が消失します。これは神経を刺激していた異常なエネルギー負荷が解放されたからと考えられます。前頭部が痛む前頭痛には軟口蓋背面、頭頂部は上咽頭天蓋、後頭部は上咽頭後壁の炎症が原因とされ、その炎症が伝達速度の遅い無髄で細いC線維といわれる神経線維を伝わり該当する頭痛の部位に放散されると考察しています。しゃっくりは横隔膜のけいれんですが、ステロイドパルスで誘発されることもあり、交感神経の亢進をもたらすために神経システムのエネルギー負荷から生じると考えられます。昔から水を飲むなど迷走神経を刺激すると効果があることが知られていますが、鼻綿棒でEATするとしゃっくりが止まります。これは迷走神経を刺激するためと考えられますが、迷走神経は20%が延髄から末梢に向かう遠心性の運動神経、80%が脳に向かう求心性の感覚神経で構成され頭部・頸部・胸部・腹部の情報を脳に運びます。求心性迷走神経は脳幹の延髄にある孤束核という部分に伝え、青斑核、背側縫線核へと情報が伝わり大脳脳炎系に伝達されます。脳に向かう求心性迷走神経を人為的に電気パルスで刺激して脳の機能を改善しようとする治療法が迷走神経刺激療法(VNS)です。うつ病の治療法として10年以上前からFDAに承認されています。慢性上咽頭炎があると、迷走神経系に負荷を与え、孤束核への持続的な刺激は脳にまで伝達され、脳の免疫担当細胞を活性化させて脳に炎症をおこします。この炎症でセロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質が減少してうつや疲労感などの症状を招くというわけです。EATは迷走神経を刺激して神経系に過剰に蓄積されたエネルギーを放出する治療法であると考えられます。
VNSは日本ではてんかんに対してのみ保険適応となっていますが、直径5cm弱のパルスジェネレーターから首の左側にある迷走神経に電極を巻き付け一定の間隔で繰り返し電気刺激を送ります。うつ病に使うと3か月以上継続で徐々に効果が出てきますが、神経の再生が時間をかけて促されることがあげられ、セロトニンやノルアドレナリンが増加します。VNSはパルスジェネレーターを胸部に埋め込む手術が必要になり高額ですが、EATでも類似の効果が期待できると考えます。
動物では重大な危機に陥ると背側迷走神経系の過剰反応により仮死状態に入り、回復するとブルブルッと体を震わせて生体にとどまっていた神経系にたまったエネルギーや恐怖を振るい落とします。人間の高度に発達した大脳新皮質はエネルギーの開放が妨げられ、神経システムに閉じ込められてしまうことになり、VNSでそのエネルギーの放出がもたらされるのではないかと考えます。
ポリヴェーガル理論では自律神経は三種類で、交感神経、腹側迷走神経複合体、背側迷走神経複合体です。背側迷走神経複合体は適度に働いているときはリラックス・休息モードですが、生命の重大な危機に際して過剰反応するとシャットダウン・凍りつきの状態になるとされます。交感神経系は闘争/逃走モードがオンになります。腹側迷走神経複合体は哺乳類だけに発達した最新の神経系といわれ人と交流するときの社会友好モードに使われる神経系です。日常では腹側迷走神経複合体が第一となり、危険な状態では交感神経が活性化して逃げるか攻撃するか防衛反応がオンとなり、それもできないとなると最後に背側迷走神経複合体が優位となり、体は硬直し凍りつき死んだふり状態になるように働きます。腹側迷走神経複合体は三叉神経、顔面神経、舌咽神経、副神経とともに共同作業をし、これが働いているときは心も落ち着いています。最後の背側迷走神経複合体は脳は低覚醒の状態となり、失神、パニック、集中力低下、うつ状態を引き起こしますが、バランスが崩れて高覚醒の交感神経過剰状態が乱れて生じるようになり、この状態が自律神経失調症なのです。自律神経失調症は腹側迷走神経複合体がオフになることから生まれるといえ、オンにすればよいことになり、EATでオンにすることができる治療といえます。慢性上咽頭炎では、上咽頭を擦過すると例外なく出血しますが、炎症で静脈叢が発達してうっ血が起こるからで、EATで瀉血として掻き出されます。脳にはリンパ管がなく老廃物は睡眠中に脳脊髄液から排泄され、咽頭のリンパ管から鎖骨下静脈に流れ込みますが、上咽頭がうっ血しているとリンパ液の流れが滞るので、瀉血でうっ血の改善は脳細胞の機能回復につながると考えられます。
東洋医学には気という概念があり、西洋医学の先進国であるドイツには波動医学があります。その前提としてすべてのものは固有の周波数があり、波動医学では共鳴現象を利用した周波数を検知する機械を用いて体の中のエネルギーの流れの滞りの部位を判断します。ドイツ振動医学推進協会が推奨しているエネルギーの滞りを計測する器具(商品名レヨコンプ)を購入してEATで確認した慢性上咽頭炎の患者さんに試してみました。その結果ほとんどの慢性上咽頭炎の患者さんで、自覚症状や血液検査の炎症反応にかかわらず鼻咽頭と自律神経系にエネルギー(気)の滞りが検出されました。その結果から現代の医学常識がたどり着いていない重要な真実があるように感じています。
上咽頭をいつもクリーンな状態に整えておくために、おすすめは鼻うがいです。のどのうがいでは上咽頭に届かず中咽頭を洗っているにすぎません。鼻うがいの方法は生理食塩水と鼻の穴に差し込めるようなノズルの付いたプラスチックのボトルを用意し、前かがみになり片方の鼻から生理食塩水を入れもう片方の鼻から出すのを左右の鼻で行います。これを2回繰り返します。鼻から入れた生理食塩水は口から出しても構いません。生理食塩水を鼻に流し込むときエーと声を出しながら行うとスムーズにできる場合があります。使用する生理食塩水はその都度作る様にして、終わった後は軽く鼻をかみましょう。鼻に残った水が気になる時は頭を下に向け軽く左右に振ると取り除けます。
上咽頭をピンポイントで洗浄する上咽頭洗浄もあります。頭を60度以上後ろに倒し、1回あたり両鼻で4mlの生理食塩水を用いて洗浄し、朝晩2回行います。量が少ないので飲んでしまっても構いません。生理食塩水では効果不十分の場合梅エキス由来のミサトールリノローションや食品成分由来のMSMプレフィアという商品も市販されていますので利用するといいでしょう。
首を冷やさないことが大事で、首を温めると上咽頭周辺の血行が良くなりうっ血状態が改善します。首の周りの筋肉の緊張もほぐれます。おススメなのは湯たんぽです。電子レンジで温めるネックウォーマーやカイロを利用するものなどいろいろ市販されています。夏の暑い日でも首の後ろだけは冷やしてはいけません。
口呼吸も大事で睡眠時にも口が開かないようにしましょう。腹側迷走神経複合体の働きを高めるため、しっかり歯磨きして口腔内をきれいに保ちましょう。笑顔になると腹側迷走神経複合体は刺激されます。作り笑いでも構いません。僧帽筋リリースストレッチで僧帽筋をほぐしましょう。
感想
Bスポットは聞いたことありましたが、慢性上咽頭炎はきいたことはありませんでした。コロナ後の後遺症でもこれが関与している可能性があると思いました。仮説もありましたが、上咽頭の炎症と脳と全身への影響が説得力を持ってわかりやすく書いてありました。鼻やのどの症状が持続している人は結構いて、この病態の人も少なからずいるではないかと考えました。